警官が、議員を「撃て」
2016年11月、トランプが当選した翌日に全米で何件ものヘイトクライムが報じられた。トランプ当選に狂喜した人種差別主義者の仕業と言われた。今回の「国へ帰れ」発言の後も、いくつかのヘイトクライムが報じられている。
イリノイ州:コンビニの男性店員が3人のラティーノ女性客に「違法移民か?」「米国市民なのか?」「自分の国に帰らなければならない」「ICE(移民捜査官)が来るぞ」などと言い、口論に。
ニューヨーク市:ヒンドゥ教徒の衣装を着た聖職者が、道で男性に殴打される。
ルイジアナ州:ある警官が、スクワッドの1人、アレクサンドリア・オカシオ-コルテス議員を「射殺されるべき」とフェイスブックに書き込む。書き込んだ警官と、「いいね」を押した警官の2人は解雇。
スクワッドへの嫌がらせのコラージュ画像も多数作られている。中でもスクワッドをイスラム過激派テロリストに見立てた架空の映画『ジハード・スクワッド』のポスターは醜悪かつ有害だ。4人のうち2人はイスラム教徒であり、オマール議員はヒジャブを着用している。そのオマール議員がマシンガンを手にした写真に「ジハード(聖戦)」の文字を配した画像は、イスラム教徒への悪意ある偏見を広めてしまう。
こうしたヘイトクライムが湧き出るのは、マジョリティがマジョリティとしての既得権や優越感を失うことを恐れてのことだ。アメリカは年々、マイノリティが増え続け、白人の比率が減っている。10年前に史上初の黒人大統領が誕生し、白人至上主義者には精神的な大打撃となった。その後、マイノリティ(人種民族マイノリティ、宗教マイノリティ、女性、LGBTQ)の存在や活躍が目に付くようになった。自分の住む町、職場、学校、ショッピングモール、レストラン、テレビ番組、映画……。
漫然とした不安感、苛立ちが募っていたところにトランプが大統領として現れ、大手を振って差別発言を行うようになった。マイノリティやリベラルからの批判も気にせず、共和党上層部の擁護を得て、トランプは人種民族差別、移民差別、宗教差別、女性差別、障害者差別を繰り返す。マイノリティの増加に不満を抱いていた層は異様な興奮状態に陥ってしまった。国を代表する大統領が差別主義者なのだ、自分も差別主義者で何が悪い!
マイノリティ・スーパーヒーロー
先日、ディズニーの実写版『リトル・マーメイド』の主役に黒人R&Bシンガーのハリー・ベイリーが抜擢され、大騒動となった。白人の既得権喪失が大きな理由の一つと言える。
黒人の人魚はあり得ない?~ディズニー実写版『リトル・マーメイド』炎上の理由
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トランプの「国に帰れ」騒動と時を同じくして、マーベル社が2020〜2021年の新作劇場映画のラインナップを発表した。これが驚きの内容だった。まず、女性のスーパーヒーローが多い。スカーレット・ジョハンセン主演『ブラック・ウィドウ』、ナタリー・ポートマン主演『ソー』、ブリー・ラーソン主演『キャプテン・マーベル』続編。
『ソー』にはシリーズ前作で人気を得たテサ・トンプソン演じる”ヴァルキリ”が、女性でありながら王として登場する。トンプソンは「王には女王が必要」とコメントしている。マーベル初のバイセクシャル・キャラクターなのだ。かつトンプソンは黒人とラティーノのミックスでもある。
ラインナップにはアジア系スーパーヒーローの『Shang-Chi』も含まれており、中国系カナダ人俳優のシム・リューが大抜擢されている。リューは韓国系移民一家を主人公にしたシットコムで人気を得た俳優だ。
韓国系一家のシットコムが大ヒット~多様化社会のツボにハマった『Kim’s Convenience』
アメリカの映画やドラマにアジア系が登場する作品が増えている。劇中に多様性を持たせるための「主人公の親友」役、もしくは秀才、頭脳明晰というアジア系のステ…
『ジ・エターナルズ』には8人のスーパーヒーローが登場する。アンジェリーナ・ジョリーを筆頭に、パキスタン系、メキシコ系、韓国系、アフリカ系の俳優が出演する。アフリカン・アメリカンとメキシコ系のミックスで、ろう者でもある女優のローレン・リドロフはマカリと言う名のヒーローを演じる。原作でのマカリは白人男性であり、ろう者ではない。
さらにオール黒人キャストで歴史的なヒットとなった『ブラックパンサー』の続編、1998〜2004年に大ヒットした黒人吸血鬼『ブレイド』シリーズの新作も控えている。
荒波の過渡期を迎えたアメリカ
今でこそスーパーヒーローものには女性ファンも多いが、そもそもは男性のための娯楽作品であり、スーパーマン、バットマン、キャプテン・アメリカなど、初期のスーパーヒーローは皆、白人男性だった。かつてディズニーのプリンセスが白人女性ばかりであったのと同じだ。
アメコミ・ファンの白人男性にとって「子供の頃の思い出」である白人スーパーヒーローが、続々と黒人、ラティーノ、アジア系、女性、LGBTQ、身体障害者……に置き換えられている。難なく受け入れるファンがいる一方、差別主義者には「許せない」ものとなるはずだ。
大統領から映画に至るまで、ようやくマイノリティの進出が始まった。ところが、その事象が差別主義者を逆上させている。そして、トランプ自身もその1人なのである。差別主義者を大統領に選んでしまったアメリカは今、大変な過渡期を迎えているのである。
(堂本かおる)
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