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戸籍を改名して虐待の記憶から逃れた。11の自宅と、母の恋人

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虐待サバイバーは夜を越えて

 「あいつは使える」「こいつは使えない」――。

 こんな言葉が使われはじめたのは、いつだったか。自分以外の人間を“優劣”で振り分けようとするエゴが、組織で孤立してしまう人はもとより、相模原の障がい者施設殺傷事件や旧優生保護法を生んでしまった。文部科学省の調査では、耳や目が不自由な人たちが通う「特別支援学校」でも、いまだに体罰が根強く残っているという。自分を強者だと思いこんでいる者が、弱者と判断した相手をコントロールしようとする構図がそこにある。

 今回取材に協力してくれた翼さんは、子どものころから耳がほとんど聞こえない聴覚障がい者だ。翼さんは、実親からの虐待、さらにろう学校での虐待やそこで出会った男性からの性被害などを経験し、戸籍の名前を変えるまでに至った。

 「新しい名前に変えて、生活はどう?」と聞くと、「いいですね。病院で自分のことを呼ばれるのもうれしいし、お薬袋に書かれた名前を眺めてニヤニヤしちゃいます」と、栗色の髪の毛と同じ、ふわふわとした柔らかな声で答えた。

去年から「ツバサ」になりました

 白石翼は、今年二十歳になった。普段は、富士山の見える小さな町に住んでいる。この日はカウンセリングを受けるために鈍行列車で東京に出てきた。国の福祉支援サービスとして手話のできる「通訳介助者」を伴っていたが、ふだんは補聴器と読唇術で問題なく会話ができるという。

 翼のことは、ある虐待サバイバーの情報サイトで知り、Twitterをフォローしていた。一時期更新がなくなったので、コンタクトをあきらめていたところ、半年後に再開。ダイレクトメッセージで「話を聞きたい」とお願いしたところ、「ボクのように名前を変えたい人の助けになるなら」と快く応じてくれたのだ。

「ボクのことは、“ツバサ”って呼んでください。去年、戸籍の名前を変えたんです」

 一人称を“ボク”としながら、はにかんで自己紹介をする。身体は女性として生まれたが、心は男性だと意識して育った。

 しかし、名前を変えた一番の理由は、性別の問題ではない。ろう学校時代の暴力だ。昔の名前を呼ばれると、“あのころ”の恐怖がよみがえってくる。だから、当時の名前はまるで禁忌のように口にしない。

 出会って雑談ができるほどに打ち解けてから、それとなく昔の名前を聞き出そうとしたが、いつもはぐらかされてしまう。はっきり「言いたくない」と断らないのが、翼の弱さでもあり優しさでもある。ただ過去の出来事を話してもらう上で、名前がないのは不便なことも事実だ。それを察したのか、翼は無言でコピー用紙に何かを書き、わたしにそれを見せてくれた。ピンク色のマーカーで「M」とある。出生時につけられた名前のイニシャルだった。

 Mの生い立ちは、どのようなものだったのだろう。子ども時代に住んでいた家のことを尋ねると、「うーん」と困ったような顔になった。

「それは“どの家”のことを話せばいいですかね。ろう学校の寄宿舎を含めて10カ所あるんで……あ、違った。11カ所でした」

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