連載

戸籍を改名して虐待の記憶から逃れた。11の自宅と、母の恋人

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11カ所の「家」を転々とする生活

 Mは、介護福祉士の父と専業主婦の母の間に、一人っ子として育った。3歳のころ、ある遺伝子の疾患から聴覚の異常が判明し、13歳では、同じ疾患から視野が狭くなるなど目の障がいも発覚。小学生から高校生の間を、ろう学校の寄宿舎で過ごす。後に軽度の発達障害が認められたが、知的障がいはなく、部屋の片隅で一人静かに本を読んでいるような子どもだった。

 学校の寄宿舎では、生徒たちは土日や夏休みなどの長期休暇には自宅に戻ることになっていた。だから多くの子どもたちにとって、生活拠点は「宿舎」と「自宅」であったが、Mの「自宅」はいくつもあった。6歳のころ両親が離婚し、父が親権を持っていたため、本来の自宅は父の家である。しかし、恋人をつくって家を出た母もMとふれあうことを望んだのだ。母の家の場所はよく変わる。経済面、精神面ともに安定しておらず、相手を変えながらアパートからアパートへと引っ越しを繰り返していたからだ。

「離婚する前に浮気して、また浮気して、再婚して……この10年くらいで母の恋人は4人もいたんですよ」

空想のシェルター「虚ろな部屋」

 そんなわけでMは休みのたびに、それぞれの親の家や、母の恋人の家、祖父の家などを転々とすることになる。帰るたびに違う家、違う家族というのは落ち着かないだろう。自分だけの安らげるテリトリーというものはあったのだろうか。

「自分の居場所は、なかったですね。でも、頭の中で思い浮かべている空想上の部屋があるから、ツラいって感じはしませんでした。あぁ、今朝も“入って”きましたよ。『虚ろな部屋』って呼んでいるんですけど、そこにこもることで、心が“無”って感じになって救われるんです」

――へぇ、便利だね。そこにはいつも一人で“いる”の?

「だいたい一人ですけど、たまに空想上の友だちや、最近ではカウンセラーを呼ぶこともありますね」

――どんなときに人を呼ぶの?

「心の中で会話をしたいときですかね。そのときは部屋の中のイスを増やして――」

 どんな部屋だったのかと尋ねると、パソコンのタブレットで描いた1枚の絵を見せてくれた。音が聞こえづらい分、視覚がより繊細になるのか。それは抽象画のような、アート作品としてギャラリーに置かれていてもおかしくないようなレベルの出来栄えだった。

 がらんどうの暗い板張りの小部屋に、ちいさな机とイスが置いてある。むき出しの白熱灯と机上のろうそくだけが、かろうじて室内を照らしている。1つだけある窓の外には、そんな部屋とは対照的に、オーロラのような色の夜空と無数の星々があふれんばかりに光を放っていた。Mは安らぎを求めるために内にこもりながらも、外の世界を美しいと感じていたに違いない。

 幼いころから、人見知りだけれど繊細な感性を持ち、想像力は豊かだった。そのまま静かに暮らしていれば、平和だったのかもしれない。しかし、周囲のおとなの身勝手さからMの心は次第に蝕まれていく。

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