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ろう学校で受けた暴力と暴言、そして性被害

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虐待サバイバーは夜を越えて

 ろう学校に通うMさん(現在は戸籍の名を「翼」に改名)は、寄宿舎を含めた11カ所の「家」で、父と離婚した母、母の恋人のそれぞれの自宅を行ったり来たりする生活を送っていた。彼らから罵倒や暴力、性的虐待を受けるうちに幼い心には「自分は虐待されて当然。人間ではないゴミ未満の存在」という認識が育ってしまったという。

 さらに、進学したろう学校の中等部では「名前を変えざるを得ないトラウマ」が決定的なものとなった。そんな中、Mさんに手を差しのべてきた一人の男性がいた。40代半ばの、盲学校の生徒だった。Mさんは瞬く間に、彼に心酔していく。

<翼さんのインタビュー第一回はこちらから読めます>

戸籍を改名して虐待の記憶から逃れた。11の自宅と、母の恋人

 「あいつは使える」「こいつは使えない」――。 こんな言葉が使われはじめたのは、いつだったか。自分以外の人間を“優劣”で振り分けようとするエゴが、組…

ウェジー 2019.07.31

ろう学校は、結構忙しい

 2005年、Mは東海地方にある聴覚特別支援学校(ろう学校)の初等部に入学した。寄宿舎での生活は、時間に追い立てられるような規則正しい生活だった。

 朝6時半に起きて身支度とそうじ、7時から食堂で25分間の朝食。その10分後には、学校へいく公用バスが出発するので、時間厳守だ。授業と部活動が終わり、18時前に学校からバスで寄宿舎に帰ると、10分後には夕食開始。食事時間は30分間。そこから30分以内に入浴をすませ、点呼。20~21時は宿題などをする学習時間と決められており、自由時間はその後の1時間のみ。

 テレビやゲームはこの時間のみに許されるが、生徒たちは自分の洗濯物をたたんだり、明日の準備もしなければならないから、結構忙しい。消灯は、延長学習を望む者以外は22時。これが毎日繰り返される。

 以上は中等部の時間割だが、初等部もだいたい同じようなものだったと言う。過密スケジュールではあるが、学校のカリキュラム自体は、M自身には合っていたと言う。

「まぁ、ボクは発達障害もあるからなのか、決まったことを繰り返す生活はイヤではありませんでしたよ。中等部でも週に2回は『自立活動』という授業もあって、手話も習うし、聴覚障がい者の自動車免許の取り方、障がい者年金などについても知ることができましたし」

一輪車に乗ったまま、宙を舞うクラスメイト

 それよりも、Mを恐怖のどん底に追いやったのは、学校で出会ったおとなたちだ。初等部では、肉体的な暴力の洗礼を受ける。

「授業中に先生に胸ぐらをつかまれて、殴る蹴るなどは当たり前。たとえば3年生のときの友だちは、一輪車に乗ってアイドリング……というかその場でバランスを取って止まるという技をやっていたのですが、その最中に先生がグーで殴って、本当にぐわっと身体が飛んでいきました」

 Mも例外ではない。

 目の障がいもあり、文字をきれいに書くことが苦手だったM。うまく書きたいが、「目で認識するカタチ」と「指先で表現しようとするカタチ」が、微妙にずれるのだ。それでも、机に向かい、時間をかけて一生懸命ペンをたどらせる。

 そこへ、「おい、M!」と、名前を呼ぶ声がする。追いかけるように乾いた笑い声。

「お前はホントに字が下手クソだなぁっ!」

 顔を上げると、乱暴者で知られる男性教師だった。次の瞬間、頭に激痛が走る。拳が振り下ろされたのだ。

「お前マジメにやってんのかよ!」

 その教師はまた笑った。教室という名の密室で、他にかばってくれるおとなもいなかった。もとより、学校全体が暴力を容認するような雰囲気だったとMは感じていた。誰も、頼れない。

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