過剰に禁止されるか、性の対象にされる障がい者のセクシュアリティ 必要な性教育とは

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過剰に禁止される、障がい者のセクシュアリティ

 思春期にも関わらず、自慰行為について「恥ずかしいことだと知らず、母親の恋人からも止められなかった」、胸をもまれても「拒否していいか分からなかった(だから受け入れた)」というM(インタビュー第一回参照)。

 一般的な中学校や高校であれば、友人とのコミュニケーションの中で、「そのようなことは望ましくない」という暗黙の了解は共有されていることが多いだろう。これは、障がい児への性教育の難しさの表れなのだろうか。

 障がい児への性教育について25年間研究を重ねている、立正大学の児嶋芳郎(こじま・よしお)准教授は、Mのケースは特殊ではないかと語る。

「一般的には、障がい児の“性にまつわる行為”は、むしろ『問題行動』として過剰に禁止されることがほとんどです。たとえば障がい児が自分の性器を触ってみたり、『セックスって何』と聞いたりするだけで、親や教師は即座に『いけないことだから止めなさい!』と禁止してしまうのです。むやみな「禁止」はよくありませんが、Mさんの場合は、周囲に性に対してケアしてくれるおとながいなかったのかもしれません。また、お母さんに恋人が複数いたために、性的な行為へのハードルが低かったのではとも考えられます」

 だからといって、被害者である彼らはまったく悪くない。悪いのは間違いなく、犯罪行為の加害者である。

 しかし、児嶋氏によれば「実際問題として障がい者が性被害=セクシャルアビュースを受けることは少なくない」。「彼らがだまされやすいのは、その自尊心の低さも影響している」というが、どういうことなのか。

「特に軽度の障がいを抱えた子どもたちは、自分には価値がないと思い込んでいて、自尊感情が低いことが多いんです。だから、わかりやすく褒めてくれたり、お金や物までもらってしまうと『この人だけが自分に価値を与えてくれる』と錯覚してしまうんですね。対象との絆を失いたくないという愛着行動から、依存し、言いなりになってしまうことは珍しくありません。これは、虐待をされていた子どもたちにも通じるものがあると思います」

76憶通りの「性のかたち」と「性教育」

 それでは、障がい者や虐待された子どもたちへの性被害を防ぐには、今後どのような性教育が求められるのか。「本来、犯罪や事件を防ぐことが性教育のゴールではありません」としながらも、児嶋氏は次のように語る。

「性は、男と女という二方向で語られることが多いですが、LGBT(Q)や障がい者を含めて、地球上に76億人の人がいれば76憶通りの『性のかたち』があります。性教育とは、自身の“性”を正当な権利として認識し、自分がその主体者となって大切に扱うことです。そこに気づけば、誰かが自分の身体や性器に許可なく触れることは認められないということも、おのずとわかってきます」

 また、性教育には①知識や科学、②人間関係の構築 という2つの側面があり、特に日本では「人間関係の構築」が不足しているのではと、危惧する児嶋氏。たしかに今はネットで簡単にアダルトサイトにアクセスできるが、そこに相手との信頼関係を築く方法は載っていない。それこそ周囲のおとなが教える必要があるのだろう。

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