長年にわたる虐待被害との決別、戸籍の名前を変えた「ボク」のこれから

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明朝体さえもが凶器となる先端恐怖症

 わずかな心の支えが、ある日突然ポキリと音を立てて折れた。なんとかがんばってきた16年間に「虐待」という名前がついた。

 実はこの年、Mは母との縁を切っている。メンタルの不安定な母から「生きていていいのかな?」「自殺したい」などのメールが毎日のようにあったことから、心が耐えきれなくなっていたのだ。Mは断腸の想いで、すべての連絡を絶った。しかし初恋の相手とまで慕っていた母を自分は捨てたのだという罪悪感は、常につきまとう。

 大切な人は、みんなボクを裏切るか、ボクが裏切るか、目の前からいなくなってしまう。何もかもが怖い。生きているだけで人に迷惑をかけるなら、ボクが死ぬのが最善策なんじゃないか。

 M、M、M。去っていった人たちがボクの名を呼ぶ。もう止めて。もはや豊かな空想も、「虚ろな部屋」も、あふれ出す絶望を押しとどめることはできなかった。

 数年前からの先端恐怖症が悪化し、尖ったものはすべて、ペンも箸も持てなくなった。手話も、活字の明朝体ですら見ると正気を保てなくなる。Mは学校の判断で、寄宿舎の病人が入るための個室に入れられた。何にも触れたくない。カーテンを閉めてバスタブに体操座りをし、叫び続ける。

 そんな暮らしが1カ月続いた。

「結局それから不登校になって、学校も辞めちゃいました。毎日が、靴紐がほどけたから死にたい、空がきれいだから死にたいとかそんな感じでした」

 「もう空っぽだった」というMを救ってくれたのは、カウンセラーの一言だった。

「『あなたは人間です』って、言ってくれたのがうれしくて――。それまでは自分のことはゴミ未満だと思っていたし、実際母からは『悪魔』、小学校の同級生や先生からは『お前は無感情でロボットみたいだ。人間じゃない』って言われてたから。精神科医も、あなたは何ひとつ悪いことをしていないって」

 凍え切ったMの心に、小さくではあったが灯がともった。

 まだ18歳。障がいや過去はどうにもならないが、何か自分の手で変えられることがあるんじゃないのか。当時は、すっかり自分の名前を疎ましく思っていた。Mと呼ばれるだけで、虐待の記憶が浮かんでくるからだ。家や学校で殴られたこと、ホテルで蹂躙されたこと。お腹を下したり、貧血を起こしそうになったり、身体にも拒否反応が現れていた。拒絶が強すぎて、名前を呼ばれても他人ごとのように感じることもあった。

 もう、戸籍の名前ごと変えてしまえばいいんじゃないか。

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