
「Getty Images」より
働き方改革において、労働者を酷使する「働かせ方」をいかにして変えるかはひとつのキーポイントだろう。不当な長時間労働やハラスメントの発生を防ぎ、適切なマネジメントによって従業員が働きやすく生産性の高い職場にしていくことが、企業にとってよりよいありかたであることは、社会的に共有されている。
しかし現状、「少し強く叱ればパワハラなどと言われる」「メンタルの弱い社員の扱い方に苦慮する」などといった声も聞こえており、どのような対応が“適切なマネジメント”であるか理解できない管理職社員も少なくないと考えられる。
エン・ジャパン株式会社の調査によると52%の企業が「近年、メンタル不調者は増えている」と回答している。さらに、「現在、メンタル不調の従業員がいる」と答えた企業は58%にのぼった。
そこで、約30社で産業医を務める大室正志氏に、メンタル不調者が多い企業と少ない企業の「違い」を伺った。

大室正志
大室産業医事務所代表。産業医科大学医学部医学科卒業。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。メンタルヘルス対策、生活習慣病対策等、企業における健康リスク低減に従事。現在約30社の産業医。社会医学系専門医・指導医 著書「産業医が見る過労自殺企業の内側」(集英社新書)
入社前と入社後のギャップが、メンタルにダメージ与える
大室氏は「現在の職場は従業員のモチベーションが多様化していることが、大きな問題になっている」と指摘する。
大室氏「例えば、プロ野球選手は『試合に出たい!』『年俸を上げたい!』という一貫したモチベーションがありますが、一般企業では『あまり出世しないでワークライフバランスを重視して働きたい』人もいれば、『お金をガンガン稼ぎたい!』人もいるなど、社員の価値観は様々。モチベーションのダイバーシティが広がっています」
ライフスタイルや価値観が異なる人を統率するためには、“うちの企業はここだけは譲れない”というその企業独自のビジョンを明確にすることが大切だという。
大室氏「メンタルヘルスに問題を抱えている従業員が少ない企業は、企業のビジョンと従業員のビジョンが、うまく噛み合っています。たとえ長時間労働の多い職場であっても、募集段階で嘘をつかず『うちの企業はバリバリ働かせるから、残業は当たり前だよ』と明確に打ち出している企業には、そういう働き方をしたくない人はそもそも応募しません。逆に、残業してお金を稼ぎたい人や上昇志向の強い人はそういう会社を選ぶので、入社後にミスマッチ感は生まれにくく、希望に即した働き方ができると言えます」
入社前のイメージと入社後の実態が、極力乖離しないことが重要だということになる。
大室氏「たとえば大手外資系企業のマッキンゼー(マッキンゼー・アンド・カンパニー)が激務なのは、入社前から分かっていますよね? しかしそれを知らずに入社した人と、激務であることが予めわかって入社した人とでは、実際に働きだして長時間労働が横行していたことを知った時の精神的ダメージは大きく違います。
昔は板前を目指す人は大将に殴られることが当たり前だった。ただ、殴られているのに精神的苦痛を訴える声が少なかったのは、昔の人が強かったからではなく、期待値とのギャップが少なかったから、つまり『そういうものだ』とわかったうえで師匠に弟子入りしていたのですね。
要するに、複数の社員がメンタルヘルス不調に陥るようなブラック企業は、建前と実態に大きな差があることが問題なのです」
大室氏は産業医として会社経営側に、求職者の入社前の期待値と実際に働き始めた時に生じるギャップをいかに埋めるかを念頭に置かなければならない、と提言しているという。
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