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職場のメンタルヘルスケアで重要な「明確な評価基準」と日常的なコミュニケーション

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「GettyImages」より

 厚生労働省によると、2019年の精神障害の労災請求件数は昨年(1732件)よりも約100件多い1820件だった。働き方改革においては従業員のメンタルヘルスを損なわないことを意識した働かせ方が企業側に求められているが、具体的に職場側にはどのような配慮が求められるのか。

 現在、約30社の産業医を務める大室正志氏に、職場におけるメンタルヘルスケアについて話を伺った。

大室正志
大室産業医事務所代表。産業医科大学医学部医学科卒業。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。メンタルヘルス対策、生活習慣病対策等、企業における健康リスク低減に従事。現在約30社の産業医。社会医学系専門医・指導医 著書「産業医が見る過労自殺企業の内側」(集英社新書)

コミュニケーション不全による人間関係の悪化

 働き方改革によって、企業側は従業員の“労働時間”には神経質になったという。残業時間は減少傾向にあり、長時間労働に苦しむ人は減っていくだろうと大室氏は見ている。10年前も今も、メンタル不調の理由のトップは職場における“人間関係”だが、新たな悩みも増えているそうだ。

大室氏「今も昔も不動の1位は“人間関係”です。ただ、ここ数年で『やりがいがない』『社風が合わない』など、社風や業務とのミスマッチを挙げる人も増えました。

昔は一度入社してしまうと、他の会社の情報を得ることはできず、10年後に行われる同窓会くらいしか情報源がなかった。ですが、今は地元の友達や同級生、元同僚のSNSを見れば近況報告が載っており、他社や他業種との比較が容易です。そのためか、『自分の人生にはアナザーライフがあったのでは……』『自分はこの会社で働き続けていいのだろうか?』といった悩み相談が、特に若い世代で増えました」

 他方で中堅より上世代の悩みは、やはり“人間関係”が多いという。

大室氏「年功序列での出世が期待できなかったり、業務内容でコミュニケーションの比重が高くなったことで、同僚との人間関係に苦労していたり、という悩みが増えています。ただ、これは上の世代に限った問題ではなく、『コミュニケーションが上手くとれない→周囲から浮く→挫折体験が増える→メンタル不調を起こす』というケースは、全世代で多いく、普遍的な問題といえます」

背中で引っ張るリーダーは時代遅れ

 大室氏はメンタルヘルスの健全化のために、企業が見直すべき点として、「評価基準が曖昧なのに、評価を下げられることにストレスを感じる人は非常に多い」と語る。

大室氏「今現在、最も注目されているリーダーは青山学院大学陸上部の原晋監督です。原監督は威圧的ではなく、選手一人一人の特性をヒアリングして、それに応じてマネジメントスタイルを変えていくという、非常に難しいことをしています。非常に難しいのですが、しかしこれからの時代はこういう人が、理想的なリーダーになっていきます。

リーダーシップと聞くと“背中で引っ張る”とイメージする人もいますが、誰もが認めるカリスマ性がある人はそれでも良いのかもしれません。ただ、カリスマ性を持たない上司がそういった態度で振る舞ってしまうと、ロクなことになりません。

上司としてもっとも大切なことは、“部下と向き合う姿勢”を持つこと。そして、部下の働きぶりを逐一フィードバックしてあげることです。

なぜ逐一かというと、年に数回しかない評価の場で、相手の問題点を指摘して評価を大きく下げることは、上司にとっても部下にとっても非常にストレスになるためです。言いにくいことや細かいことでも、その場その場で伝えてあげると良いでしょう」

 仮に評価を下げざるを得ないとしても、日常的に上司が部下と向き合い頻繁な話し合いを設けていれば、その評価に納得できるということか。

大室氏「そうです、年に数回程度ではなく何度も面談をしていくと、『こういうところを評価しているのか』と納得してもらえます。学校のテストでも、出題範囲外から問題が出ると嫌じゃないですか? 会社も『何を評価するのか?』を明確にしておくことが、従業員のメンタルヘルスの健全化には有効です。他人同士で、『言わなくても察しろ』という幻想を押し付けてはいけません」

 株式会社あしたのチームの調べでは、給与体系に納得していないビジネスパーソンは約6割。給与額の低さに不満を抱えている人もいるだろうが、上司とのコミュニケーション不足や不明瞭な評価基準が、この結果につながった可能性も想定できる。従業員のメンタルヘルスケアは、長時間労働の抑制することやハラスメント対策の強化だけに留まらないのだ。

 とはいえ、プレイングマネージャーは部下の育成に専心もできず、密なコミュニケーション自体が大きな負担となりかねない懸念もある。また、「最近の若者は軟弱」などと根性論に終始し、現状の働き方を変えようとしない職場もあるだろう。しかし大室氏によれば、キーワードは「みんなやってます」だという。

大室氏「その是非は別にして、そこに合理的な理由があるかどうかではなく、『みんなやってますよ』と言えば、企業側は行動に移します。『こうすれば結果的に、収益が上がるんですよ』と呼び掛けるより、『みんなやってます』と呼び掛けたほうが効果的なのです。

この“みんな”は全体の15%くらいで十分なので、日本の全企業のうち15%がこれらの取り組みを実施しているというデータが出れば、一気に普及すると思っています。

10数年前に“クールビズ”が推奨された当初は、『ネクタイを締めなくて良いの?』と不安視する人も少なくありませんでしたが、今では夏場のノーネクタイに違和感はないですよね。メンタルヘルスケアのための取り組みも同様に、どんどん広まっていくと思います」

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