「死にたい子供」の自殺を防ぐために私たちができること 「自己肯定感」と「本当の多様性」とは

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「Getty Images」より

 厚生労働省は7月中旬、「令和元年版自殺対策白書」を発表した。その中で、「高校生における自殺の原因・動機」で、男子高校生は「学業不振」(18.2%)、「その他進路に関する悩み」(16.4%)が上位。女子高校生は「うつ病」(18.3%)、「その他の精神疾患」(12.1%)が多かった。

 また、「高校生における『うつ病』とともに計上された原因・動機」では、男子高校生は「学校問題」(34.9%)、「健康問題」(20.9%)、女子高校生は「健康問題」(31.3%)、「学校問題」(18.8%)、「家庭問題」(18.8%)が票を集めた。

 学生の自殺動機として「いじめ」が背景にあったという報道は多いが、一方で「学業不振」や「うつ病」などが多いということは、高校生を取り巻く問題はとても多面的であると考えられる。

 同調査では、自殺やうつ病の原因を軸にしているが、メンタルヘルスに不調をきたすほどではなくとも、学業不振や進路について悩む高校生は少なくないだろう。実際、高校は将来の方向性を定める分岐点と言えるからだ。

 未来を担っていく若者の“生きづらさ”は、ごく個人的な問題ではなく、社会として受け止めるべきではないだろうか。子育てカウンセラー・心療内科医を務める明橋大二先生に話を伺った。

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明橋大二先生(あけはし・だいじ)
精神科医。現職:真生会富山病院心療内科部長。専門:精神病理学、児童思春期精神医療。児童相談所嘱託医、NPO法人子どもの権利支援センターぱれっと理事長、一般社団法人HAT共同代表。富山県虐待防止アドバイザー、富山県いじめ問題対策連絡会議委員。 著書に、『なぜ生きる』『子育てハッピーアドバイス』『忙しいパパのための子育てハッピーアドバイス』『子育てハッピーアドバイス 大好き!が伝わるほめ方・叱り方』『見逃さないで!子どもの心のSOS』『生きるのがラクになるたったひとつの言葉』など。最新刊は『ハッピースクール開校!』。

子供の価値観は「勉強」「スポーツ」「友達」

 明橋氏いわく、「勉強ができないから自殺する」という直接的なケースは少ないという。

明橋氏「子供が『自分は生きている価値がないんだ』『自分なんか死んだほうがマシだ』などと考えて自殺してしまう背景には、“自己肯定感の低さ”が潜んでいます。この調査で『学業不振』が多かったのは、勉強ができないことが自己肯定感の低下を招き、それが自殺につながるパターンではないかと予想されます」

 日本は学歴社会だとも言われるが、「大人になれば学力なんて関係ない」と勉強で悩むことを軽視する「大人」も少なくはない。だが、それは「大人」の見方だ。「子供」には「子供」の世界がある。

明橋氏「昭和の時代は“一億総中流”と言われていたように、世帯間の経済格差が大きくはなく、劣等感やコンプレックスを抱える子供も多くはなかったと考えられます。しかし平成を経て経済格差が広がり、『私立に行けない』『塾に通えない』などの理由で子供がネガティブな気持ちを抱くという問題が出てきています。そのうえ、学力や出身校が収入や就職先に大きく影響することが周知されたこともあり、学業不振に陥ると『良い大学に進学できない』『良い会社に就けない』と将来を悲観し、自己肯定感は簡単に下がってしまいます」

 しかし絵を描くのが上手だったりゲームが得意だったりなど、成績が良くはなくても自己肯定感につながる要素はあるのではないか。

明橋氏「『価値観の多様化』が持ち上げられてはいるものの、私が現場で子供達の話を聞いていると、むしろここ数年で子供たちの価値観はどんどん狭くなっているように感じます。子供にとっての価値観は、『勉強ができるか・できないか』『スポーツができるか・できないか』『友達がいるか・いないか』の3つに大きく分けられます。この3つの中で1つも上手くいかないと、どれだけ素晴らしい才能や個性を持っていたとしても周囲から評価されることはほとんどなく、自己肯定感を高めることが難しいのです」

簡単に「死にたい」と口にしてしまう

 明橋氏の観測では、「すぐに『死にたい』と考える」子供は少なくない。

明橋氏「これはチャイルドライン(いじめや児童虐待等の影響を受ける児童・青少年に対する電話カウンセリングを行う慈善活動)で子供の悩み相談を受けている知人から聞いた話です。以前はいじめなど人間関係に関する悩みが多かったようです。しかし最近、明らかに増えてきたのが、『死にたい』『どうしたら死ねますか』といった直接的な生死に関わる悩みだといいます」

 直接的な生死に関わる悩みを訴えるということは、相当追い詰められているのではないか。明橋氏は、ここにも「格差の拡大」の影響があることと、もう一つ、「生死を題材にしたドラマや漫画、自殺に関するニュースなどの情報に触れ、“死”を意識する」ことを懸念している。

 そして学校や家庭においても、「大人」の余裕がない。

明橋氏「学校現場の長時間労働が問題視されているように、教師も業務に追われています。また、離婚や再婚など、家庭環境の流動的な変化も子供の不信感を増幅させることは確かです」

 そうしたアクションを起こす時、親自身も余裕があるわけではないと考えられるが、周囲の助けも借りながらできる限り子供の心境を慮り、寄り添う姿勢を見せるようにしたい。

明橋氏「家族間や地域間の繋がりが希薄化している子供は、孤独感を強く抱いています。特に、家族に対する信頼は揺らいでいます。経済的な理由から親自身に精神的な余裕がなかったり、親が精神疾患を患っていたりするケースで、悩みがあっても子供が保護者に相談することをためらってしまうこともあります。子供から親への信頼感を築き、家を安心感の持てる場所にすることはとても重要です」

「いじり」は「いじめ」よりも100倍恐ろしい

 「高校生における『うつ病』とともに計上された原因・動機」で、「学校問題」や「健康問題」も多かった。「学校問題」とは具体的にどういう問題なのかというと、主に『いじめ』や『友達がいない』などが挙げられる。

明橋氏「周囲の人間がいじめに気づけず、1人で抱え込んでしまい八方塞がりになっている子供は多いです。特に、最近は『いじめ』が細分化しており、その最たるものは『いじり』です。一般的には、『いじめ』のほうが酷くて、『いじり』のほうが軽いというイメージがありますよね。しかし、『いじり』のほうが『いじめ』よりも100倍怖い症例があります。

『いじめ』というのは、傍から見ても明らかにわかるので、学校も対応できます。ただ、『いじり』は問題として表面化しづらいのです。嫌々“いじられキャラ”を演じていても、周囲からは遊んでいるように見えてしまい、その子供の辛さを誰も分かってあげられません。さらに、『いじられるのが辛い』と悩みを打ち明けても、いじめられているわけではないので、周囲の人間が真剣に取り合ってくれない。なにより、いじられることに抵抗しても、加害者は『ただいじってるだけじゃん』と開き直ることがほとんどなので、なかなか『いじり』を止めさせることは難しい。そして、この繰り返される『いじり』に精神的に追い詰められてしまう子供は非常に多くいます」

 また、『いじり』加害者自身も自己肯定感が低く不安を抱え、ストレス発散や自分の優位性を誇示するために『いじり』をするケースもあるという。

明橋氏「『いじり』加害者も相手が嫌がっていることには、どこかで気づいていると思います。ただ、『こんなのただのいじりじゃん』と開き直って、『いじり』を続けてしまうのです」

 「健康問題」については、どういった事例があるのか。

明橋氏「この『健康問題』は自分の身体の悩みではなく、メンタルヘルスに関するものが多いと思います。うつ病を始めとした摂食障害やパニック障害などの精神疾患に罹患する子供は増えています。“精神疾患”の知識が広まったことが増加の一因ではありますが、それを差し引いてもメンタル不調を訴える子供は数年前よりも多くなりました」

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