闇市が非難されるもうひとつの理由は、違法であることだ。世の中には、違法とは道徳的な悪と思い込んでいる人が少なくない。けれども、必ずしも違法イコール悪ではないし、合法イコール善でもない。闇市のおかげで命をつなぐ北朝鮮の人々を、不道徳だとは誰も言わないはずだ。
終戦まもない日本で、東京地裁の山口良忠という若い判事が闇で売られた米(闇米)を拒否し、妻子を残し餓死するという出来事があった。法律違反の闇米を取り締まる立場である自分が闇米を食べてはいけないという信念に基づく死であり、しばしば美談として語られる。
だが、もし山口判事が「悪法を守る必要はない」と宣言し、闇米を食べていたら、法と道徳は同じではないという正しい考えを国民に広めることができただろう。
『あれよ星屑』の主人公、川島徳太郎は武門の家の出身で、戦中は軍隊の班長を務めたが、戦後は闇市で雑炊屋のオーナーに収まっている。厳格な父親は「川島の跡取りが闇屋とは……情けない奴だ」と罵るが、のちに自らが困窮すると、息子に金を無心する。闇市を道徳的に見下す浅はかさを象徴的に描く場面だ。
戦後、日本各地に生まれた闇市は、1949年に連合国軍総司令部(GHQ)が発した露店撤去命令をきっかけに、わずか数年でほとんどが消滅する。しかし闇市のあった地域はその後、新しい商業施設や盛り場として発展していく。東京の新宿、池袋、渋谷はいずれも闇市をきっかけに副都心としての機能を備えるに至った(橋本健二・初田香成編著『盛り場はヤミ市から生まれた・増補版』)。
非常時に庶民の命を救い、復興への道を開いた闇市。終戦関連の行事が相次ぐこの季節に、あらためてその理解を深めたい。