毒親育ち女性の「その後」。向かない職業ばかり就いていた/小川雅代さんインタビュー

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小川:子どもはどうしても親からされてきたことを愛情だと認識してしまうし、そう認識したいからこそ錯覚しちゃう。もちろん幸せになりたい自分もいるんだけど、「私は不幸にしかならないから」という思い込みが強い。それで母親に似た自分に否定的な人や合っていない環境に行っちゃう。たとえばモデルだったころは、つぶしてやろうとわざと否定してくる人もいました。けどそういう目に遭うと、嫌だけどノスタルジーを感じて落ち着く自分もいたんですよね。自分でもぞっとするんですけど。

もちろん、それに気づいてそこから乗り越えることは本人の責任です。私も自分のゆがみに気づいてからは友だちの意見を参考にしたり、心理学の本などを読んで変な人とは関わらないようにしたり、常に努力しています。ゆがみって、なかなか尾を引きますけどね。脱皮しても脱皮しても、まだむけるみたいな(笑)。

ーーいままでのお仕事のなかで、どれが一番稼げましたか?

小川:稼げた仕事はないです! お金は本当にいつもありません。それももしかして「自分は稼いじゃいけないんだ」という洗脳のせいだったのかもしれません。

ーー仕事に就く方法もわからないまま社会に出て、家族からの助けもなかった。なのに一度も破産せず、ホームレスにもならず生きてきたって、すごいことですよね!

小川:自分でも不思議ですけどね(笑)。いろんな節約術を駆使していますから。

いまの仕事が一番好き

ーー収入が低い場合は国民保健と国民年金が免除される制度もありますが、利用されたことはありますか?

小川:ないんです。大和さんの『失職女子。〜私がリストラされてから、生活保護を受給するまで』(WAVE出版)を読んで「そんなに行政に頼れるんだ!」って初めて知ったんです。昔、母の会社の代表取締役を無理にやらされたことが原因で、抑うつとパニック障害になり、1年半寝たきりでした。いま思うと私もそのとき、福祉制度を利用できたのかも。

知ることって大事ですよね。知らないで自殺しちゃう人も多いじゃないですか。命がもったいない。制度を利用することに対する偏見もあるとは思いますが、もっとカフェ感覚で相談に行ったほうがいいと思います。

ーー最近はうつとパニック障害の症状はどうですか?

小川:もう大きな発作は出ません。いまは朝の通勤が1時間半かかるので、ときどき貧血になり、そういうときだけヘルプマークを付けて電車に乗ってはいますが、あの寝たきりの日々は過去のものになりました。

ーーいまはどういうお仕事なんですか?

小川:貿易小売業の会社で事務をはじめ、カタログ制作や展示会、ウェブサイトのデザインと構築などをしています。

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