
『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房.)
6月の刊行直後から話題にとなっている『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房)を記念して、7月14日にReadin’Writin’ BOOKSTOREにて刊行イベントが行われました。登壇者は本書の著者でありシェイクスピア研究者の北村紗衣さんと、西洋初期近代の哲学史の研究者である坂本邦暢さん。おふたりは大学時代からの友達で、互いに「さえぼう」「ニクさん」と呼び合う関係だそうです。
北村さんのバックグランドを知るべく、出身の北海道・士別時代から、博士課程で留学していたイギリス時代、そして現在を坂本さんと共に探偵の気分となって探っていった前編。後編からはいよいよ、本書で書かれている批評、そして北村さんの考えを追っていきます(会場:Readin’Writin’ BOOKSTORE)。
坂本邦暢 (さかもと・くにのぶ)
1982年生まれ。2012年に東京大学の科学史・科学哲学コースにて博士号を取得。明治大学講師。専門は西洋初期近代の哲学史。著書にJulius Caesar Scaliger, Renaissance Reformer of Aristotelianism (2016)、共著に『ルネサンス・バロックのブックガイド』(ヒロ・ヒライ監修、工作舎、2019)など。
書籍化の経緯は?
坂本 『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』はウェブ連載をまとめた本ですよね。
北村 詳しくはあとがきに書いていますが、サイゾーが運営しているウェブメディアの「messy」という媒体で2015年10月から始まった、1カ月に1回、好きな文芸批評を書く連載がもとになっています。後に掲載媒体は、姉妹サイトの「wezzy」に移行されました。
坂本 連載始まったらブログの更新スピードもダウンすると思ったら、あいかわらず永遠に更新されてる。
北村 ブログは書けないことも結構あるんです。というのも、たまたま読み直した古典とかだとブログには書けない。連載ではそういうことをメインに書いていました。
坂本 本が出来た経緯は?
北村 これもあとがきに書きましたが、フリーの編集者さんから、書肆侃侃房さんから本を出すのはどうですか、というお話が来たんですね。そのとき『女になる方法』というキャトリン・モランの本の翻訳でたいへんだったんですが「待ってもいいですから」って言ってもらえて。
坂本 『女になる方法』はすごい翻訳なので、一読されることをお薦めします。「セックスナルニア国」とか出てくる。
北村 下品な内容なんですよ。
坂本 「こんな言葉あるんだ」っていう日本語に満ち満ちている。これは素晴らしいです。最後のほうに怖い描写もあるので妊娠してる人はちょっと控えたほうがいいかもしれないですが。
北村 ちょっと怖いんですけど。その翻訳が終わった去年の夏くらいから、この本の作業を始めました。書き下ろしが6本で、あと連載したものもかなり直しました。『キングスマン』のエッセーも、ウェブ掲載後に続編がでたのでだいぶ直さないといけなかった。
坂本 いま何本記事があるんでしたっけ。
北村 45かな(※7月10日時点)
坂本 結構、取捨選択もなされてるわけですよね。
北村 そうですね。すごいウェブで反響あったけど入ってないやつとかありますね。
坂本 ウェブで反響あるのって、誰かにけんか売ったときの記事とかでしょう。
北村 けんかを売ったやつとか、宗教問題について書いたとかですね。
坂本 それは入ってない。
北村 入ってないです。あと、実はタイトルの由来になっている記事も入ってません。個人ブログで『ジュピター』というそれはそれは変な映画のレビューを書いたときに付けた「お砂糖とスパイスと王子と爆発大盛りで持ってこいhttps://saebou.hatenablog.com/entry/20150415/p1」ってタイトルなんですが、どこに入れればいいのか分からなくて。ジュピター評がすごい好きなブログ読者の方から、『ジュピター』が入っていなくて悲しいですと言われちゃって。やっぱり悲しいよなと思いました。
サッチャーの声が聞こえる
坂本 収録された25本の記事でどれか、自分が一番好きなものってありますか?
北村 「さよなら、マギー」ですね。
坂本 どういう内容でしたっけ。
北村 英国首相のマーガレット・サッチャーの人物評みたいな記事です。アクの強い首相でみんなに嫌われていたんですね。政治的には保守で、私と合わないんですが、カリスマ性が強いんです。何かをしようとするとマギー・サッチャー的なるもの、「内なるマギー」が「そうじゃない。こうしろ」って言ってくる。「そんなこと考えなくていいから出世を目指せ」ってマギーに言われるんです。そんな内なるマギーみたいな、内的抑圧ってみんなのなかにもいるよね、それに名前を付けようっていう話です。
坂本 内なるマギーは、さえぼう的には何を体現しているんですか。
北村 男性社会で脇目もふらずに成功しろという内的圧力。
坂本 サッチャーも成功しているから。
北村 サッチャーって田舎育ちなんですよ。
坂本 ロンドンじゃなくて田舎出身で、さえぼうにも似ている。
北村 そうなんですよね。サッチャーってそういうところで、サッチャーに投票しそうもない人を引きつけちゃうんですね。田舎育ちで頑張ってて、女の子だったりするような人です。
坂本 頑張って勉強して、いい大学に入って、議員になって、イギリスでは女性として初めての首相になって。
北村 サッチャーは成功のために田舎のなまりを消したんです。すごく聞き取りやすい人工的な話し方をする。生まれを消すっていうのはイギリスやアイルランドでは大事なことなんです。例えばオスカー・ワイルドはアイルランド出身なんですが、すごい明快で洗練された美しい英語を書くんです。どこが生まれなのかわからなくなっている。
本の中でも書いたんですが、学会発表を練習していたら、連れ合いから「なんで君はマーガレット・サッチャーの話し方を真似しているの」って言われたんです。どうやら知らないうちにサッチャーみたいに喋るのが英語圏で成功するために必要だと思っていたみたいで。
坂本 さえぼうが「こうしたい」って思っていることがあっても、「それは成功に結びつかないから」って止めてくるってことなんですか。
北村 例えば、学会に行くときに「もっと黒っぽい服を着たほうがいいんじゃないか」って言ってくるのが内なるマギーなんです。女性だと、黒っぽい服の方が真面目に見えるわけですよね。服装や髪形を男性社会に合うようにしようとするのが内的抑圧なんです、きっと。
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