一石を投じた大阪府・公立教員の提訴
こんなひどい状況に置かれて、なぜ日本の教員はもっと声を上げないのか。
先述の内田良教授は、「教育界ではそもそも個人の情報発信自体が慎重に検討されている」としつつ、「先生たちは長年にわたるバッシングのせいか、すっかり物言わぬ存在になっていってしまった」とコメントしている。確かにいじめや校内暴力、学力低下など子どもをめぐる問題に関して、教員にだけ責任があるわけではないのに、教員ばかり叩かれる風潮があった。結果として、先生たちの声が、公に大きく唱えられることはあまりなく、主にツイッターなど匿名でも発信できるネット空間で発信されてきたのだという。
そんななか、実名・顔出しで教育現場の現状を訴え、注目を集めた先生がいる。大阪府立の高校に勤務する現役の若手教員、西本武史先生だ。
西本さんは今年の2月、長時間労働により適応障害を発症したとして、損害賠償を求めて府を提訴し、会見を開いた。西本先生は内田教授との対談で、次のように語っている。
「今回の裁判っていうのは、子どもたちにとっても、何か自分の将来の働き方を考えられるような機会になればいいなと思っています。日本にはちゃんと法律というものがあって、働いていて心身を壊したときに、法律はどれだけ守ってくれるのか。社会科の教員としてそれも見せたいな、と」
生徒たちは西本さんが行動を起こしたことに、「がんばって」と応援してくれているという。保護者からも励ましの言葉が届いているそうだ。誰かがツイッターで、西本先生の闘いを「人生を賭けた授業だ」と表現していたそうだが、本当にその通りだと思う。生徒たちは、長時間労働には堂々とNOと言っていいのだという例を、先生から見せてもらえたのだ。
ストが禁止されているから「ウォークアウト」
公立教員が団結して立ち上がるのが難しいのは、第一に、ストライキが法的に認められていないことに起因する。これは日本に限ったことではないようで、アメリカでも全50州のうち、38州では公立教員のストライキは不法だそうだ。(2017年8月時点における米国国立教育協会National Education Association のデータより)
しかし、日本同様、公立教員のストライキが認められていないアメリカ・ウェストヴァージニア州では、昨年2月、教員たちが恒常的な低賃金と高医療費への改善を求めて立ち上がった。
学校上層部に抗議する従来の形のストライキだと、職を失ったり、教員免許を剥奪される恐れがある。そこでウェストヴァージニア州の教員たちは、学校長や教育長、生徒、保護者、地域社会を巻き込んだ。ストライキが始まる前に生徒に食事を用意したり、保護者の育児サポートを手配したり、生徒や保護者に負担がないよう配慮した。周囲の理解と支援を得たうえで、デモ行進を行った。
生徒たちは先生に寄り添ってピケラインを歩いた。州の55ある群の学校のトップたちも、デモが行われた7日間、学校を閉鎖して連帯を示した。教員たちは自分たちの行動を「Walkout(ウォークアウト、行進)」と呼び、ストライキと差別化した。そして5%の賃上げを勝ち取ったのである。
このウェストヴァージニア州の成功例は全米で注目され、同様に公立教員のストライキが禁止されている、ケンタッキー、オクラホマといった他の州にもドミノ現象を起こした。
ウェストヴァージニア州の教員たちは、全米でも最低の部類に入る低賃金、そして高い医療保険料に、長年、苦しんできたそうだ。長年、改善を訴えてきたが、その声は届くことがなかった。ストライキをして逮捕されても仕方ない、それぐらい追い詰められて、取らざるを得なかった行動が「ウォークアウト」だったのだという。
事情や法制度が異なる日本で、ウォークアウトという手法が可能なのか、効果的なのかは知らない。ただ、ウェストヴァージニア州の例にも見るように、問題の解決には、当事者自身の積極的な働きかけが欠かせないのかもしれない。