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あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」の少女像を実際に見てきた

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トランス男子のフェミな日常/遠藤まめた

 話題の「あいちトリエンナーレ」に行ってきた。先週の土曜日のことだ。

 ちょうどその日、祖父母の法事で私は名古屋にいて、夕方の用事までにぽっかり時間があいていたので、「表現の不自由展・その後」を観に行こうと思いたった。報道では、すでに朝鮮人慰安婦をモチーフにした少女像の展示などを含む同展に対する河村たかし名古屋市長の厳しい批判が報じられており、「ガソリンまくぞ」などの脅迫も多数行われているとのことで、きっと会場はピリピリして大変なことになっているんじゃないかと思っていたが、実際に参加しての印象は結構ちがった。少女像のまわりはどちらかというとピースフルで、少女像を介して赤の他人どうしがやりとりする様子も面白かった。そのことも残したいと思い、参加の記録を書いてみる。

 「街宣車とか、たくさんいるのかな」「怒号が飛んだりするのかな」。正直に白状すれば、その日、私はちょっとした怖いものみたさも混じって地下鉄の栄駅で下車した。報道では「あいちトリエンナーレ」芸術監督である津田大介氏を糾弾する街宣車もがんがん回っていたようだが、私のいた時間帯には見かけず、かわりに会場のまわりにはコスプレイヤーがたくさんいた。緑や赤、青など色とりどりの髪に、ド派手なカラーコンタクト。灼熱の8月、溶けそうな暑さの中で、みんなカメラに向けてポーズを決めまくっている。広場の片隅でだれにも話しかけてもらえないまま、ベンチに腰掛けている「カオナシ」がいて、熱中症になるのではないかと気の毒になった。

 会場にたどりつくと、チケット売り場には貼り紙がある。「表現の不自由展・その後」会場は大変混雑しており待ち時間が長くなっているため、閲覧できない可能性があります、とのこと。すでに長蛇の列ができていて、1時間ほど並んだ。待っている間はとにかくヒマだ。都内からきたという、アート好きの女性二人組から話しかけられた。雑誌のライターのようだ。「なんで参加しようと思ったんですか?」「今回の件、どう思いますか?」そう聞かれて「祖母の3回忌で名古屋にいたので」など、答えにならない言葉を口にする。もう何年も前から、慰安婦問題について、声にだして意見をいうのは怖いと感じるようになっていた。私自身が「表現の不自由」展の一部みたいだ。

 列が進んで、ようやく会場に入れた。横尾忠則がホラーすぎるラッピング電車をデザインして「福知山線の脱線事故をイメージさせるから」とNGをだされた話とか、沖縄で米軍飛行機の事故をモチーフに「落石注意」ならぬ「落米注意」とシャッターに描いたものがやっぱりNGをだされたとかを観た後に、例の少女が静かに会場に座っているのに出会った。あちこちの政治家が「日本人を傷つける」とか「反日」とか騒ぐその少女像はあっけないぐらい普通の女の子で、肩にのった小鳥がキュートだった。

 触れて良いアートだったので、いろいろな人が「参加」していた。座ってセルフィーを試みるいかにも21世紀らしい接し方をする人もいれば、少女のにぎったこぶしに手を重ねてみる人も、ただ椅子に座ってみようとする人もいた。「シャッターを押してくれませんか」と頼まれて、何枚か他の人たちの写真を撮った。「3、2、1」。真剣な顔で写る人もいれば、笑顔の人もいる。

 私はといえば、もし戦争中にこの女の子と出会ったとしたら、善良な隣人として振る舞える自信がなかった。撮影役に徹するのがその場では気楽だった。おそらくアートとしては、隣に用意された椅子に対して鑑賞者がどう振る舞うかのほうがポイントなのだろう。たくさん人がいる場所だったからこそ、いろんな人のリアクションをしばらく見ていた。

 戦時中の性暴力について、あるいは「表現の自由」について、この間たくさんの人がすでにディスカッションをしているから、ここでは多くを追記しない。ただ写真で見る少女像と、実際にその場に足を運んで、周りの人たちのリアクションを眺めながら感じる少女像は、たしかに別のインパクトを持つものだった。

 あの「座っているだけの女の子」が、脅威とならないような世の中とは、どんなものだろうか、ということを今考えている。性暴力に遭った人を「おまえが悪い」と責めるのでもなく、「被害なんてなかった」と疑うのでもなく、「おれのこともケダモノだというのか」と激昂するのでもなく、ただの人間として扱えるような、そんな社会であれば、あんな「ガソリン騒動」にはならないのではないか。

 2019年の日本の報道を観ていると、まだまだそんな社会は実現しないようにがっかりしてしまうが、あの会場で写真を撮ろう、少女とコミュニケーションを撮ろうと試みる人たちの姿には、まだ見ぬそんな社会の一片を感じることもできた。だからこそ、実際にあの場を体験できる人たちがもっと増えたらいいのに、というのは、参加したひとりとしての率直な感想である。

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