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埼玉・女性会社員強盗殺人事件 犯人は自転車で徘徊し「無施錠の窓」をチェックしていた

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埼玉で起きた女性会社員の強盗殺人事件 犯人は自転車で徘徊し「無施錠の窓」をチェックしていたの画像1

「Getty Images」より

 2005年(平成17年)から、主に刑事裁判を見つめ続け、傍聴ライターとして活動してきた高橋ユキが、これまで傍聴してきた刑事裁判を紹介していく。

 

 今回振り返るのは「川口・女性会社員殺害事件」。2007年11月1日、無断欠勤を心配し、埼玉県川口市のアパートを訪れた同僚らが、会社員Wさん(26=当時=)の遺体を発見。その手はカーディガンで縛られており、キャッシュカードなどが盗まれた形跡があった。捜査本部は、コンビニのATMで女性のキャッシュカードを用い現金を引き出そうとしている男の防犯カメラ映像を公開。12月に逮捕に至った。

※この記事は残虐な描写を含みます。

川口・女性会社員殺害事件

<2008年傍聴@さいたま地裁>

 強盗殺人などの疑いで再逮捕されたのは同市に住む配管工、清田龍也(39=当時=)。清田は同年10月30日夜、Wさん方にベランダから侵入し、Wさんを後ろ手で縛るなどしてキャッシュカードを奪い、首を絞めて殺害。直後、Wさんの帽子や服で変装し、コンビニATMでWさんのカードを使い現金を引き出そうとした。

 清田は、同じアパートで同年7月に起きた別の強盗強姦容疑ですでに逮捕されており、被害者の手を衣類で縛るなど犯行態様が酷似していた。翌年にさいたま地裁で開かれた公判で清田は、Wさん事件(強盗殺人罪)のほか、この別の強盗強姦事件(Aさん事件)、さらにもう1つ別の強盗強姦事件(Bさん事件)でも起訴されていた。加えて、もう2件の強盗事件(うち1件は未遂)にも問われており、Wさんの事件は清田が強盗や強盗強姦を繰り返す中で起こしたものであることがわかる。

 時系列からいえば、Bさん事件、Aさん事件、そしてWさん事件の順だ。また2件の強盗事件(C事件、D事件)はBさん事件、Aさん事件の間に起こしている。彼はどんな生い立ちで、そこに至るまでに何があったのか。法廷での清田の証言をもとに振り返りたい。

 清田は福岡に生まれ、8歳で親が離婚。高校を2年で中退し、19歳で結婚した。清田の借金が原因で、妻とは07年5月に離婚している。両親離婚後からの人生を清田は自らこう振り返っている。

「親の離婚後、家族は別れ別れになっていました。母親は借金の返済をせず、頻繁に借金取りがくるため、逃げて行きました。祖母のところで子供時代を過ごしました。私は高校中退後、1月10万の給料で、家族を支えてきました。

 ある日、祖母のところに母親から連絡があり『埼玉にいるから、こっちに来なさいよ』と言ってくれたので、引っ越しました。パチンコ屋の寮に、両親、夫婦と暮らしました。収入は月17~18万あり、十分でした。翌年に籍を入れ、2月に子供が生まれたので、川口に部屋を借りました。

 90年に職場を変えますが、スロットに夢中になり、10万単位で金を借り、借金はたちまち150万になりました。月の返済は3~4万。ある日、パチンコ屋の常連に『鳶職のほうが儲かる』と言われ転職しました。でも鳶は遊び好きの人が多く、賭博にのめり込んでしまいました。給料の半分くらい負け、家に入れる金がなくなり、94年には借金が300万にふくらんでいました。翌年、運送会社へ転職し、心を入れ替え月38万ほど稼ぐようになりました。

 しかし、03年、真面目に働いていたところ、母親に70万貸してくれと言われました。私はサラ金から金を借り、母親に月の返済を約束させました。前妻には話せませんでした。金を増やすならパチンコしかないと思い、ますますパチンコにのめりこんでいきました。借金は増え、月々5~6万円の返済がありました」

 借金の返済に追われる中、母親からの金の無心でさらにギャンブルにのめり込み、それが自分の首を絞める結果に。そして、2004年に母親も自殺する。清田に借金を返さないままに。そのため、ヤミ金への借り入れが増え、借金は500万円を超えた。

「離婚後、元妻は出て行き、自分はトラックやネットカフェで寝泊まりしていました。借金取りは会社にも取り立てにきて、ついに06年11月、私は会社を辞めてしまいました。借金の合計は590万円です。私は借金をどうしても返さなくてはならず、犯行を犯してしまいました」

 あくまでも一連の犯行は借金返済のためだったと清田は述べる。しかしながら、BさんやAさんに対して性的暴行を加えてもいる。

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