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リクナビ「内定辞退率の提供」を可能にしたHRテクノロジーと就職活動のこれから

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写真:森田直樹/アフロ

 8月上旬、就職ナビサイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリアが、就活生の内定辞退を予測するスコアを提供するサービスを、学生の同意なきままトヨタ・ホンダなど38社と契約していたことが判明した。

 8月4日にサービスの廃止が決定(リクルートキャリアプレスリリース2019年8月5日)。8月26日に、リクルートキャリアは、個人情報保護委員会より個人情報保護法第42条第1項の規定に基づき勧告及び第41条の規定に基づき指導を受け、本件について謝罪を行った(リクルートキャリアプレスリリース2019年8月26日)。本記事では、個人情報と関わりながらも少し異なる2つの論点について考えていきたい。具体的には、行動履歴などから個人の行動や特性を予測する技術を人事・採用に活用する際のルールについて、そしてなぜ企業が「内定辞退を予測する」スコアを欲していたのかについて、の2点である。

HRテクノロジーが構成していくスコア

 人事・採用において、AIやデータの利用やその技術を指し、「HRテクノロジー」「HRテック」と呼ぶ。リクナビも、このHRテクノロジーに含まれよう。HRテクノロジーは、近年のビッグデータやAIの急速な発展により、開発が進められてきた。

 日本のみならず欧米諸外国でも、HRテクノロジーを用いたサービスが提供されている(リクルートワークス研究所2019)。このHRテクノロジーのなかに、「アナリティクス」と呼ばれるものがある。これは、「ソーシャルメディア、ジョブボード、企業の人事管理システムなど、あらゆるデータをつなげてビッグデータを解析するサービス」「人気のスキルや職種、労働者の地理的分布といった労働市場を分析するサービス」「企業の採用情報ページを訪問した求職者のサイト内行動パターンを記録して分析するサービス」といった、人材の獲得および管理に役立つ様々なデータを示すプラットフォームのことを指す(リクルートワークス研究所2019)。

 また、人事データをAIや機械学習で分析することを「ピープル・アナリティクス」と呼ぶ(岩本2018)。たとえば、リクルートエージェントは転職希望者のデータを元にAIが学習して、採用に至った人材の傾向を把握し、各企業のニーズにマッチする候補者を自動で提案するサービスを導入している(酒井2018:50、リクルートキャリアプレスリリース2018年3月12日)。

 リクナビでも、個人の行動履歴をもとに、大学生におすすめの企業情報が提供されている(大西・萩原2017)。技術的には、それを企業にも提供できる。リクルートキャリアは「アナリティクス」を意識して、大学生・企業双方にサービスを展開していたと考えられる。

専門性や職業能力より重要な「人格特性」

 この「アナリティクス」は、行動履歴など何気なく調べたユーザーの行動を分析していく。人材サービス企業はこうしたHRテクノロジーを開発し、求職者が何気なくとった行動をデータとして収集し、ビッグデータから個人の特性を明らかにしていく可能性がある。履歴書の内容や採用試験の成績、面接での会話以外のデータが採用活動の評価対象となっていくわけだ。すでに技術的には、SNSの投稿からBig5(心理学で用いられている性格特性に関する尺度)を推測できる(民岡2018:93)。こうした技術は現時点で用いられていないだろうが、今後採用で用いられる可能性は十分にある。

 「アナリティクス」の技術は、最終的に採用する企業の判断ではあるものの、企業内でパフォーマンス高く働ける人材を見つけることと無関連では決してない。個人情報保護法さえ守れば、採用企業に個人の特性、何らかのスコアやスキル、マッチングの度合いを提供するビジネスが可能である。

 かつて、ビジネス誌でたびたび組まれる「集中力」や「思考力」、「説得力」などの「○○力」特集を分析した牧野(2012:199)によると、これらの特集は近年の新しい能力モデル(人格や性格を個人の能力とみなす考え方)を体現し、かつ新たに社会へ発信していく動きだという。さらに、これらの流れは、編集者の独創というより、すでに進行している「力」をめぐる表現の広がりを再帰的にとりいれるプロセスの中で生まれている。つまり、編集者は着目されている能力に関する言説を観察し、特に重要だと思われるものを再編集・構成して世の中に再発信しているのであり、社会における能力観を新たに構造化していく動きに関与している(牧野2012:200)。

 今回のリクナビの問題にこの考え方を応用すると、企業の技術者や営業担当者が採用企業にとって重要と考えられる能力、行動特性や属性情報を観察し、AIを用いて再構成し(注1)、スコアやスキル、人格特性を発信していくという点で、リクナビの動きもまた社会における能力モデルを新たに構造化していくものといってよいだろう。

 リクルートキャリアは「なお、本サービスで企業に提供されるデータは、リクナビの閲覧データをもとに算出されたスコアであり、学生の能力を推し量るものではありません。この点、いかなる時期であっても提供された情報を合否の判定に活用しないことにご同意いただいた企業にのみ、本サービスをご提供してきました。」と述べてはいる(リクルートキャリアプレスリリース2019年8月1日)。

 しかし、それが個人の特性を示すスコアではないという根拠は示されていない。選考に用いてなかったとしても、少なからず企業が欲するからそれを提供していたのであって、個人の行動から特性や次の行動を予測し、そのスコアを構成していく動きだと指摘できる。加えて、リクナビ利用者によってリクナビの利用頻度に差はあれ、就職活動を行う多くの学生が登録するため、提供を受ける企業も納得するだけの高い精度で再構成や予測が可能になっていたと考えられる。

 これまでの新規大卒採用において、大学生の専門的な能力や職業能力は評価の対象となってこなかった(本田2009)。リクルートキャリアの調査によると、企業が求める能力は人柄や自社への熱意と、測りにくいものである(リクルートキャリア2018)。これらを踏まえると、その代替として行動履歴から予測したスコアやスキル、人格特性がより重要になってしまう可能性が高い。今後、学力・コミュニケーション能力・さらには本人の能力を越えた予測までもが合否に使用されるようになる恐れもある。行動特性などを含めた「能力の拡大」がどのように進行するのか、またそうしたものがどのように選抜で用いられるのか、を注視する必要がある。

 とはいえ、こうしたHRテクノロジーのサービスを便利に使っている現状やHRテクノロジー産業の拡大を考えれば、その開発や発展は不可逆的なように思われる。すでにHRテクノロジーは普及しはじめている。たとえば、パーソルキャリアでは、過去の人事データを分析することで、現在在籍している社員の状態から退職する確率を予測するモデルを構築している(酒井2018:66)。先にみたリクナビに関しても、大学生はおすすめされた企業を閲覧し、その情報を参考にしている。そう考えれば、人事関係者や求職者はHRテクノロジーをすでに便利に用いているのである。

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