個人情報の公開範囲は誰が決めるのか
では、これらを活用している以上、わたしたちはHRテクノロジーを用いた就職-採用をとめられないのだろうか。その手前で求職者にできることがある。それは、自分が提供した個人情報がどのように使われるのかを把握する「リテラシー」を高めること、また個人情報収集の目的を企業側に正確に示すよう要求すること、場合によってはそれを拒否するという選択肢を用意するよう訴えていくこと、が挙げられる。
リクナビを事例にみれば、現在デフォルト設定で行動履歴などを含むデータをリクルートキャリアが分析できる状態だといえる。そうした規約を十分理解しないまま登録している大学生がおそらく大半だろう。利用頻度に差はあれ、登録しなければ就職活動できないような状態でもある。こうした状態であるがゆえに、人材サービス企業は自由にデータを使えるようになってしまっているのだ。
ビッグデータ時代の選択について論じるキャス・サンスティーンによると、企業は自社にとって有益だが、顧客にとって有害なデフォルトを奨励することがあり、デフォルト設定が目につきにくい場合はそうである可能性が高いという(サンスティーン2015=2017:90)。今回の件は、これに当てはまるといえる。HRテクノロジーに関するビジネスを展開する上で、企業はデフォルトルールをわかりやすく公開し、どんな形であれ隠すべきではない(サンスティーン2015=2017:93)。サンスティーンは「デフォルトルールを情報が与えられた選択者が選ぶべき」だと主張する。個人情報保護法のみならず、現在のデフォルトルールの再考を早急に行い、リクナビ利用者にデータの公開範囲に関する選択を委ねるといった必要がある。
内定辞退の要因とは
ここまでHRテクノロジーを活用する際のルールについて指摘を行ってきたが、もう一点考えておくべきことがある。それは、このサービスが「内定辞退を予測する」スコアを提供していたという点についてである。HRテクノロジーを用いて企業が欲するスコアを提出することは能力モデルを再構成していく動きであると指摘した。では、企業側はなぜ「内定辞退を予測する」スコアを欲したのだろうか。
ここ数年の就職市場は売り手市場であり、学生に有利な状況が続いた。そのため、内定辞退も多くなったと予想され、企業にとっては「苦戦」を強いられている状況でもあった。「内定辞退」を防いで、採用を効率よく進めることは企業にとって重要な課題となる。それ自体は否定しない。
しかし、そもそも採用を含む人事管理は、労働市場、社会規範などの組織外の要因と社風などの組織内の要因双方がかかわっている(江夏2018:56)。新規大卒就職-採用市場は、同時期に企業も学生もが活動するため、他社との人材獲得競争になるのは必至である。90年代初頭、企業は内定者を物理的に囲い込み、他社からの内定を得られないようにしていたこともある(岩内1995:23)。他方、大学生にとってはこの時期が複数社に応募できる大きな機会である。こうした労働市場の構造も、内定辞退の要因の一つと考えられる。「ミスマッチ」にしても、自社の働きやすさや社風、仕事内容、さまざまなものを採用過程で大学生に開示していたかどうか、内定後にわかった情報がないか、など企業側の採用過程が要因の可能性もある。リクルートキャリアやそのサービスを利用した企業は内定辞退に至る要因を十分に考えた上でこうしたデータを扱っていたのだろうか。
内定辞退を予測するスコアは、個々人の内定辞退を防ぐという水際作戦には有効である。だが、辞退する理由を探るようなものではない。このスコアを用いた企業において内定辞退が起こる要因とはいかなるものであったのだろうか。もちろん、最善に尽くしたとしても、内定辞退が起こることはありうる。人材獲得競争のなかで勝ち抜くには、まずはよい人材を確保しておく必要があるのかもしれない。内定辞退の要因を他にも検討した上でこのスコアを選考に関係なく用いていたとしたら、それはある程度は適切な利用といえるだろう。しかし、もし内定辞退を個人とのミスマッチに還元し、リクルートキャリアが提供していたサービスを使用しようとしていたならば、その企業の「人を雇う」方針が安易だったといわざるを得ない。
つまるところ、このスコアを欲する企業は、内定者の把握や内定辞退の要因を十分に検討することをせず、内定辞退を個人の就職活動行動に還元していた可能性がある。
就職-採用活動とHRテクノロジーの今後
採用活動とは、企業の中で働いてもらう人を探すことである。そうした活動のなかで、HRテクノロジーを用いること自体は否定されるべきではない。しかし、HRテクノロジーを用いるのもまた人である。採用担当者が内定辞退のくい止めを目的とすることもありうるのかもしれない。しかし、そうした辞退を防いだとしても、将来的にそうした人材が働き続ける可能性が高いとはいえないだろう。次は、退職予測モデルを用いるのだろうか。企業が適切な人事の目的を立て、適切にHRテクノロジーを使用しない限り、短期的で有用とみなされるスコアはあの手この手で生み出され、こうしたサービスは提供され続けるだろう。
つまり、採用企業も求職者も、HRテクノロジーの有用性と限界を適切に理解し、目的を定めて利用しない限り、人材サービス企業が提供するスコアやサービスに振り回されることになる。まわりまわって、HRテクノロジーを安易に用いた採用企業の体制も疑われることとなる。人材サービス企業、採用企業に比して、求職者ができることは多くはない。だが、自身が提供したデータがどのように用いられるのかもう少し関心を持つこと、場合によっては利用を拒否する選択を持つことが重要となるだろう(注2)。
(注1)実際に、リクルートキャリアは前年度の学生の行動履歴から今年度の学生の行動を予測しており、AIによって再帰的にモニタリングされていたのである。
(注2)リクナビが新卒求人ナビサイト最大手であり、年間約80万人もの人が登録している状態にあること(リクルートキャリアプレスリリース2019年8月26日)、そうした企業が他事業も展開し、データを容易に共有しうることも問題の一つである。この点でやはり、リクルートキャリアは規約をきっちり提示し、どの範囲でデータを用いているのか示す必要がある。
<参考文献>
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岩本隆、2018、「第1章 世界と日本におけるHRテクノロジーの動向」労務行政研究所編『HRテクノロジーで人事が変わる』労務行政、pp.32-43。
岩内亮一、1995、「第1章「就職活動プロセス」の質的側面」苅谷剛彦編『大学から職業へ』広島大学大学教育研究センター、pp.14-24。
倉重公太朗、2018、「第3章テーマⅠ採用 労働法の視点から」、労務行政研究所編『HRテクノロジーで人事が変わる』労務行政、pp.109-114。
牧野智和、2012、『自己啓発の時代』勁草書房。
大西哲朗・荻原大陸、2017、「AIは就活生をどこまで「便利」にするのか」『東洋経済オンライン』。
酒井雄平、2018、「第2章 HRテクノロジーの現状と可能性」労務行政研究所編『HRテクノロジーで人事が変わる』労務行政、pp.46-80。
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民岡良、2018、「第3章テーマⅠ採用 技術の視点から」労務行政研究所編『HRテクノロジーで人事が変わる』労務行政、pp.91-102。
リクルートキャリア、「中途採用向けスカウトツール「RECRUIT AGENT CAST」名称変更のお知らせ 「リクナビHRTech 転職スカウト」に名称変更」2018年3月12日
リクルートキャリア、「当社サービスに関する、一部の報道につきまして」2019年8月1日
リクルートキャリア、「『リクナビDMPフォロー』における学生7983名を対象としたプライバシーポリシー同意取得の不備と、サービス廃止につきまして」2019年8月5日
リクルートキャリア、「『リクナビDMPフォロー』に係る当社に対する勧告等について」2019年8月26日
リクルートキャリア、2018、「就職白書2018」
リクルートワークス研究所、2019 、「世界の人事が注目する「HRテクノロジー」2019アナリティクス」
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