山本 ジェンダー研究というのは、「社会の常識」に問いを投げかける学問だと思うんです。勉強していると、いままで自分が「当然」だと思い込んでいた価値観がすごく揺らいでいく。性別や性的指向に関わるものだけでなく、生まれ育ちとか、人種とか、様々な視点・切り口でものを考えることができるし、自分自身の立場を見直すきっかけにもなると思っています。
佐藤文香教授(以下、佐藤教授) みなさんが利点として語っているそういったジェンダー研究の側面は、一方で反発を生む部分でもあります。人は、自分が自明視しているものに対して「実はそうじゃないんだ」と他人から言われると、不快な気持ちになるんです。
奥村隆さんという社会学者が『社会学になにができるか』(八千代出版)という本のなかで「人々がなめらかだと思って生きているこの世界を、ごつごつした世界として示す」ことを社会学の役割だとおっしゃっているんです。だけど人間は当然なめらかな世界の方が心地いいので、自分がなめらかだと思って生きている世界を「いや、本当はその世界はごつごつしたものなんだよ」と他人に指摘されると腹が立つ。
これはジェンダー研究もまったく同じです。「男と女が愛し合う異性愛こそが正常で、それ以外は異常なんだ」とか「“男は男らしく”“女は女らしく”するのが当たり前で、それに反旗を翻そうとするのはおかしな人たち」とか、そう信じて生きている人たちにとっては、いや、実は同性同士の関係は江戸時代にもあってね、とか、「男らしさ」「女らしさ」の中身は時代や文化によってさまざまでね、とか言われるのは、足下がぐらつく不安な経験になる。
いっぽうで、世の中が変わってきていること、自分の信じてきた価値観が揺らいできていることを誰よりも感じとっているのはジェンダー研究に反発を感じている人々でしょう。その不安が転じて、怒りや攻撃性になったりもする。SNSを中心に起きているフェミニズムに対するバックラッシュにはそういう側面があると思っています。
性別による役割や“らしさ”の押し付けがない社会は、本来、男女問わず、誰にとっても解放になりえます。それをどう伝えていけるのかは、ジェンダー研究の課題だろうなと思っています。
山本 読者の皆さんはこの本に書かれていることにすべて共感する必要はないですし、私たちも「正しい回答はこれだ!」と示したかったわけではありません。本を読むことでこれまで考えたこともなかったトピックに思いを馳せ、考えたり、周囲の人と話し合うきっかけにしてもらえればと思っています。
佐藤教授 この本の第二弾、第三弾があちこちから生まれるといいですよね。
児玉谷 『ジェンダーについて社会人が真剣に考えてみた』とか、ね(笑)。
(取材、構成、撮影:編集部)