ファッションウィッグをつけて仕事へ行く、身体を拡張して強くなる【日本・大阪】

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 日本における「ウィッグ」の歴史は神話の時代まで遡る。『大百科事典』(平凡社/昭和6年)によると古代、装飾のために頭に蔓草を載せたことが「かつら」の始まりである。

 能では演じる役柄によってかつらを使い分ける。老人の髪、姥の髪。若者の髪。動物、幽霊、人ならざるものを演じるための白い髪、赤い髪、黒い髪。キャラクターに適したかつらを装着すると、若々しさ、神々しさ、荒っぽさ、不穏さなど、それぞれの色や質感に割り当てられた特性が文法として適用される。

 歌舞伎は「お国」という名の女性が始めた踊りが起源とされ、発祥後しばらくは女性や少年が踊り手を担っていた。江戸幕府によって遊女歌舞伎や若衆歌舞伎が禁止されたことをきっかけに、成人男性が踊り手となった。様々な説があるが、前髪の剃り落とされた頭部を隠すために頭巾が用いられ、やがてかつらへ発展していったとされている。

 西洋ではかつらは古代エジプトの時代から用いられていたが、すぐに想起されるのは17~18世紀フランスの宮廷人がこぞって着用したものだろう。ルイ13世は薄毛を隠すため、息子のルイ14世は身長を高く見せるため、と動機は実用的なものだったが、身体を補強することは転じて権威を保つ効果を発揮した。同時代にルイ14世の愛人・フォンタンジュによって、かつらを使って高さを出す女性のヘアスタイルが作られていった。

 歴史の中のかつら着用シーンを挙げていくときりがないが、これらの「飾る」「盛る」「意味づけする」行為を見ていると、色もスタイルも出自も異なるかつらたちには「身体を拡張する」という点が共通しているのではないかという気がしてくる。

 洋の東西を問わず、彼らはそれぞれの目的のために、自分の身体を拡張していた。自分以外のものに変身する。強そうに見せる。魅力的に見せる。もちろん衣服だってその役割を果たしてくれるが、「自分の身体そのものの形が変わる」ことは「身体の上から身に着ける」ことよりも心強い。外から力を借りるのではなく、自分の身体そのものが強くなったような気持ちになれる。イギリスの小説家・サッカレーは「ルイ14世はマントを羽織り、ヒール靴を履き、かつらを被って初めて威厳を保つことが出来る」という旨の風刺画を製作したが、衣装とかつら、どちらが欠けても王様は心細かっただろう。

 この「身体を拡張する」という方法で「心強くなろうとする」試みが、人の心を刺激するのかもしれない。衣服のように明らかに外部から力を取り入れているのではなく、肌や身体と一体化して「根底から数値を上げる」という行為が、なんだかズルいような、出し抜かれているような気分を掻き立て、サッカレーのように風刺し、嘲笑し、非難したくなるのかもしれない。

 肌や身体と一体化して「根底から身体の数値を上げる」ものは、ウィッグの他に何があるだろう。例えば、タトゥ、化粧、ネイルアート、カラーコンタクトレンズ、つけまつげ、ブラジャーのパッド、etc、etc。これらは、ときどき「頑張りすぎている」「チャラチャラしている」「場にそぐわない」ものとして謗りを受ける。反対に、身体を狭めることはあまり咎められない。コルセット、ウエスト・ニッパー、補正下着、着圧ソックス、小顔矯正ベルト、etc、etc。

 もしかすると、身体を拡張することへのネガティブな反応は、「あいつは既に社会の中でじゅうぶんなスペースを与えられているのに、自分だけさらに余計に幅を取ろうとしている!」という糾弾なのだろうか。

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 ある朝出社すると、オフィスの手洗い場にデザイン部の先輩がいた。彼女はいつも一糸乱れぬ完璧なボブ・ヘアを維持していて、私はひそかに羨望のまなざしを送っていた。

 私はとにかく髪がはねる。右側は「つ」という字のように、左側は「し」という字のようにはねる。あまりにもはねるので、忙しいときには「ろくに寝る時間もないのに、毎朝ちんたらヘアセットなんてしてられっか!」とムカついて、胸の下に到達するまで放置した髪を、前も後ろもなく全部ひとつにひっつめていた。「武士みたい」と言われ周囲からの評判はさっぱり良くなかったが、ひとつにひっつめるだけという簡単ワンステップは私の睡眠時間を延ばし、仕事のパフォーマンスを上げた。

 先輩がフルウィッグだと教えてもらったのは私が退職を決めたあとだ。彼女は毎日同じ髪型のウィッグを着用していたらしい。暗めの茶髪の、ボブ・ヘアのウィッグ。理由は特に聞かされなかった。営業のギャルに説教していた先輩も、他の誰も、彼女がウィッグをつけていることに気づかなかった。

 ……という数年前の、また別の記憶が、美容院の床に散乱した「私の髪だった黒いもの」を箒で片付けられ、ドライヤーの熱風を浴びていると蘇ってくる。美容師のお兄さんが「今日どっか行く? セットしとこうか?」と聞いてくれる。お兄さんにお願いすれば、私の髪をめちゃくちゃに逆立てたり高くねじり上げたりして、ギャルのような盛り髪でも、非の打ち所のないボブ・ヘアでも、あらゆるアレンジを実現してくれるだろう。私は不器用すぎてヘアアイロンもコテも使いこなせない。今では、朝くるくるドライヤーで寝癖を引き伸ばす程度の時間はできたが、引き伸ばしたそばからやっぱり「つ」と「し」の形にはねる。胸まであった髪はもう切ってしまったので、ひっつめることもできない。

 髪はたんぱく質で出来ている。ウィッグは合成繊維またはたんぱく質でできている。悲しむギャルを横目に見ながら(二つの違いは素材くらいなんだから、あるいは素材さえ同じことだってあるくらいなんだから、そんなに怒らなくてもいいのに……)と思っていたが、ウィッグの重要な要素を見落としていた。あの第二の頭皮は、自分の身体を余計な心配のない、気分のよい、納得のいく形にするためのものなのだ。街中のガラスにふと自分の「つ」と「し」が映るたび、私は二人のヘアスタイルを思い返すのだった。

書籍刊行のお知らせ

はらだ有彩の二冊めの書籍が2019年8月22日に刊行されます 。

日本の昔話に登場する女の子たちの素顔を覗き、文句を言ったり、 悲しみを打ち明けあったり、ひそかに励ましあったりして、 一緒に生きていくための本です。前作『日本のヤバい女の子』 をさらに発展させ、「怒り」にフォーカスした構成です。

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『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』(柏書房)

刊行記念イベントを開催します!

【日本社会はどんなけ“ヤバい”のか!?】
8/29(木) @ Loft PlusOne West(大阪・心斎橋)
開場19:00/開演19:30
民俗学者・畑中章宏さん『死者の民主主義』とはらだ有彩『 日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』刊行記念トークイベント。
『災害と妖怪』『天災と日本人』 など多くの著作を持つ畑中さんとともに、 語られ残されてきたものから脱出しつつ、 一方で恩恵を受ける愛しさと葛藤についてお話しします。
詳細 → https://www.loft-prj.co.jp/ schedule/west/124661

【はらだ有彩×ひらりさ「抵抗する私たちの毎日」】
9/15(日) @B&B(東京・下北沢)
19:00〜START @下北沢 B&B 

カルチャーやコスメなど、 好きなものに一心に打ち込む女たちの声を生き生きと紹介している 劇団雌猫のひらりささんをゲストにお迎え。
私たちが理不尽に対して日々おこなっているのにもかかわらず、 あまり取りざたされない、「抵抗」について、 そのバリエーションやユニークさ中心にひたすらに語り合います。
詳細 → http://bookandbeer.com/ event/20190915b/  

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