高校野球における「高校教師に名采配を求め過ぎ」問題

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教師と部員に「溝」ができるのは必然

 大船渡高校を取材していたノンフィクションライターの柳川悠二氏は文春オンラインの記事内で、春季大会でありえないケースで送りバントのサインを出すなどの”迷采配”が見られたことが引き金となり、國保監督と選手の間に溝ができてしまったことを問題視している。確かに監督と部員間の信頼関係は部活動において非常に重要だ。部員たちとコミュニケーションがもう少しとれていたら、決勝の結果も変わっていたのかもしれない。ただ、学校現場の長時間労働が問題視されて久しいことも同時に考えてみてほしい。

 スキャネット株式会社が公立高校を対象に実施した調査によると、「自宅に業務を持ち帰るか?」という設問に、「よくある」(18.6%)、「たまにある」(46.9%)と6割以上の高校教師が「ある」と回答している。そもそも教師にとっての生徒は、担当する部活の部員だけではない。現状の働かせ方を教師に強いる以上、部活に熱心に打ち込めば、その歪みが他の業務に生じるのではないか。

 高校野球のエンタメ化により、部活動の顧問を担う教師の名監督ぶりも含めドラマティックな展開を求めることが当たり前のようになっているが、本来、部活動は大衆向けエンタメ素材ではないだろう。監督を務める教員の多くはその競技のプロではない。高校野球に関しては球数制限や大会日程など多くの課題があるが、教員に様々なことを求めすぎている点も見直されるべきではないだろうか。

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