依存症になったとしても、解決策はある
薬物依存の治療は、具体的にどのようなステップを踏むのか。松本先生の勤める国立研究開発法人国立精神・神経医療センターでは、プログラムを受けるにあたり、薬物依存症か否かを判断する基準を設けている。薬物依存と診断された患者さんと、依存基準に達していない患者さんとでは、治療やケアの内容も異なる。
松本:うちに限らず、多くの治療機関では、薬物依存の基準を設けていると思います。誤解しないでいただきたいのは、薬物依存症の基準に達していないから治療やプログラムが不要というわけではないことです。実際、薬物依存の基準に達していなくても、我々のプログラムを受けている人もいます。ただ、薬物依存の基準に達していない方の場合、プログラムを受けていて「自分はちょっとこれとは違うかもしれない」と違和感を覚え、なじまないことも多いです。
また、薬物依存基準に達した人であっても、治療法は一律ではなく、その人が抱える問題の重症度に応じ、プログラムの内容は変えていく必要があると考えています。我々は、重症度の評価をするとともに、その人にプログラムが合っているかの指標にしています。
「依存症と診断された人」と、「依存症ではないと診断された人」、その境界線はどこにあるのか。
松本:「依存症である」か「依存症でない」か、その大きな違いを一言で言うのは難しいですが、「自分自身でも薬物をやめようとしたけどやめられなかった」というエピソードがあるかないか、は大きな違いだと思います。自分でもこれはまずいと思って薬物を止める努力をした、あるいは、周囲からやめるように働きかけがあって自分もやめようとしたものの、なかなかなかなか決意した通りにはいかず、薬物の存在によって、仕事や家庭生活が破綻したり、生活リズムがぐちゃぐちゃになってしまったりするのは、依存症と特徴といえます。
仕事から帰宅して毎日晩酌している方をそれだけでアルコール依存症とは呼ばないのと同じで、大麻を1日の終わりに気晴らしでちょこっと使い翌日元気に働いている場合、薬物が法に触れていることは問題ですが、薬物使用によって生活が破綻していない点では、習慣的に晩酌している方と何ら変わりがないわけで、依存症とは言えないのです。
ただ、依存症ではないけれど、アルコールを習慣的に嗜む人が、疲れている時や寂しい時、嫌なことがあった時に量が増えるということはありますよね。プログラムでは、自分はどんな時に薬物を必要としていたのかを振り返るのですが、依存症と診断された人も依存症ではないと診断された人も、自分が今の生活でどんな悩みや問題を抱えているのかに気づき、問題を解決するためにはどんな生活の工夫をしたらいいのか、その話し合いには役立つと思います。
最後に、薬物依存症についての啓発活動は、今後どのように変化していくことが望ましいのか松本先生の意見を聞いた。
松本:「ダメ。ゼッタイ。」のキャンペーンに関していえば、僕は取り下げるべきだと考えますが、現状ではこのキャンペーン取り下げが一般国民の広い支持を得ることは難しいと思います。
多くの国民に知ってほしいのは、「ダルク」などのリハビリ施設で薬物依存症を回復し、社会で活躍している方たちが実際に大勢、存在するということ。そのためにメディアには“脅し”ではなく、回復した人たちを積極的に紹介してほしいと考えています。
先日、田代まさしさんが『バリバラ〜障害者情報バラエティー〜』(NHK)で久しぶりに地上波テレビに登場しました。薬物依存症から回復した方々が、多くの国民が目にする地上波テレビに登場することはとても効果的だと思います。
「薬物で逮捕された芸能人はテレビに復帰するな」「芸能界は犯罪者に甘い」という意見も根強いが、実は「回復できる」ことをアピールする意味では積極的なテレビ出演はありだろう。むしろ薬物使用者を社会から排除し、臭いものに蓋をするような姿勢こそが問題になる。
松本:我々医療従事者も「薬物のリアル」を世の中に伝えていく必要があります。これまで日本では、薬物依存症の当事者や家族、治療機関などの「関係者」以外には、薬物依存症者の姿は見えてきませんでした。つまり、大半の国民にとって「薬物依存者はいない」ことになっていました。いないことになっている以上、当事者は誰もカミングアウトしませんし、一般の人たちには薬物依存症者が誰なのかもわからず、どんどん薬物の真姿から遠のいていくのです。
だから我々は、薬物とは関係のない暮らしを送る多くの人々に、リアルな薬物依存症者やリアルな回復者について知る機会を増やし、薬物依存症は回復できる問題だということを伝えていかなくてはなりません。もちろん、薬物に手を出さなければそれに越したことはありませんが、誰にだって、自分や家族、友人、恋人が薬物依存になる可能性はあります。「廃人になる」などと“脅す”のではなく、「依存症になったとしても、解決策はある」のだと伝えていくことが重要なのです。