
写真:アフロ
アニメ制作会社「京都アニメーション」(以下、京アニ)で発生した放火殺人事件で犠牲となった被害者35人のうち25人の氏名が27日、新たに公表された。これで犠牲者全員の氏名が公表されたことになるが、事件発生から40日余りを要するという“異例”の経過をたどっている。
原則として、警察は被害者の身元が判明した時点で名前を公表する。ただし、今回の事件においては、京アニからの要請を受けた京都府警がそれぞれの遺族の意向を汲み、段階的な公表を行ってきた。
27日までに全員の葬儀が終わり、京都府警は改めて遺族に実名公表の方針を説明。そのうえで、遺族の同意を得られていない20人を含む全員の名前を公表するに至ったという。
27日放送の『NHKニュース7』では、被害者全員の身元を報じ、その名前とともに年齢や顔写真、生前に描いた作品などを特集して放送し、SNSでは批判の声が多く投稿されている。毎日新聞や朝日新聞、日本経済新聞、民放テレビ局などの一部メディアも被害者全員分の名前を報じたが、一方で数名の被害者の氏名だけを伝えたメディアもあり、報道各社によってその対応は分かれた。
同日、京アニ代理人の桶田大介弁護士は、自身のTwitter上で<弊社の度重なる要請及び一部ご遺族の意向に関わらず、本日被害者の実名が公表、一部報道されたことは大変遺憾です>と抗議のコメントを発表。そのうえで、<公表に関わらず報道を控えていただいた報道機関のあること、認識しております。当該報道の関係者におかれましては、節度ある対応をいただいておりますことについて、感謝申し上げます>としている。
オンライン署名サイト「Change.org」では「京都アニメーション犠牲者の身元公表を求めません。#京アニ #PrayForKyoani」という署名活動も行われており、多くの賛同の声が寄せられていた。しかし結局、遺族の声を無視して氏名が公表に至ったことで、ネットでは「なぜ被害者が晒し者にされるのか」「マスコミのエゴだ」という厳しい批判や怒りの声が広がり、メディアのモラルを問う議論が展開されている。
犠牲者の名前はメディアの<使命>のためにあるのか?
毎日新聞は被害者全員の名前を報じるにあたり、<実名原則、その都度議論 毎日新聞の立場>と題した記事を公開している。記事中では<重要な出来事を正確な事実に基づき広く伝えることが報道の使命であり、当事者の氏名は事実の根幹であることから、毎日新聞は事件や事故の被害者についても実名での報道を原則としている>と同社の報道姿勢を説明した。
そのうえで、2005年12月に日本新聞協会と日本民間放送連盟が発表した“犯罪被害者等基本計画に対する共同声明”について触れ、一部を引用している。
“犯罪被害者等基本計画に対する共同声明”とは、同年に刑事事件の犯罪被害者とその家族のプライバシーを保護し、支援するための法律「犯罪被害者等基本計画」が策定されたことを受けて発表された文章だ。そこでは、被害者をめぐる報道を実名、または匿名いずれかで行うことが警察の判断で行われることについて下記のように強く反論されている。
<被害者名の発表を実名でするか匿名でするかを警察が判断するとしている項目については、容認できない。匿名発表では、被害者やその周辺取材が困難になり、警察に都合の悪いことが隠される恐れもある。私たちは、正確で客観的な取材、検証、報道で、国民の知る権利に応えるという使命を果たすため、被害者の発表は実名でなければならないと考える>
<実名発表はただちに実名報道を意味しない。私たちは、被害者への配慮を優先に実名報道か匿名報道かを自律的に判断し、その結果生じる責任は正面から引き受ける>
この“共同声明”における主張は、「報道の自由」――すなわち「表現の自由」と密接に関わっている。「表現の自由」は情報の送り手、受け手に関わらず、誰にとっても重要な権利である。
また、被害者の氏名を報じることは事件の真実性を担保し、事実の重みを伝えることにもつながる。京アニの事件においては、映画『聲(こえ)の形』など30以上の作品に携わった犠牲者のひとり、石田敦志さん(31)の父・基志さん(66)が27日、記者会見を開いて「石田敦志というアニメーターがいたことを、どうか忘れないでください」と求めた。
ただし<実名発表はただちに実名報道を意味しない>はずであり、メディアには<被害者への配慮を優先に実名報道か匿名報道かを自律的に判断>することが求められているだろう。遺族の意向を無視してまで<使命>を全うすることにどのような意義があるのかは問い続けなければならない。<正確で客観的な取材、検証、報道で、国民の知る権利に応える>ために<実名でなければならない>というロジックでは到底、納得できないからだ。火災の犠牲者の名前が、報道側の<使命>のために使われている、とも解釈できてしまう。
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