政府が支援する「ムーンショット型研究開発制度」への疑問 資金援助により自由を奪われるジレンマはないか

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産業革命の発明の多くは国に頼らなかった

 もう少し時代をさかのぼれば、社会に大きな影響を及ぼした技術の多くは民間で生み出されたものである。

 18世紀後半から19世紀前半にかけ世界をリードした英国の産業革命は、その担い手の大半が民間の職人だった。ジェットエンジンの祖先である蒸気機関を発明したトーマス・ニューコメンは鍛冶屋、それを改良したジェームズ・ワットは科学器具の製造工だった。

 当時、ドイツやフランスの教育研究機関がほとんど国営だったのと対照的に、英国では政府が特定の大学や研究機関に投資することはほとんどなく、それらの新設・運営は個人もしくは集団の自発的な活動に委ねられていた(古川安『科学の社会史』)。

 20世紀初頭になっても、英米では国家の科学研究への関与は限られたものだった。国が直接に科学研究に方向づけを与えたり、科学技術振興の本格的な政策を打ち出したりするのは、1914年に勃発した第一次世界大戦をきっかけとして始まる。科学の長い歴史からみれば、国家との関係はごく新しいのである。

 20世紀の主要な発明のうち、個人の発明家によるものは半数以上を占めるという調査もある。エアコン、自動変速機、ボールペン、セロファン、サイクロトロン(円形加速器)、電子顕微鏡、ヘリコプター、ペニシリン、ポラロイドカメラ、ラジオ、安全カミソリ、ファスナーなどだ。ジェットエンジンもその一つである。

 ラジオやスピーカーの開発で知られる英国の発明家、シドニー・ブラウンは実験や新製品製作に資金援助を一切受けず、その理由をこう語った。「もし私の仕事や私自身が少しでも管理されたら、アイデアは何も出なくなる」

国の支援がないことはチャンスなのかもしれない

 誰からも指図されず、自由に考え、試せること。大胆な発想にとってこれほど重要な環境はないだろう。しかし政府から資金援助を受ければ、その環境は不可能になる。昔の発明家たちはそれをよく知っていた。

 『我らコンタクティ』のかずきもそうだ。政府の研究機関で働く教授から、個人ではなく政府機関でロケットを打ち上げないかと誘われるが、心を動かさない。政府の下では、宇宙で映画を上映する夢が許されないからだ。

 日本の財政状況は厳しさを増し、科学技術の支援が十分にできないと懸念する声もある。しかし、それはむしろ科学技術が政府との関係を断ち、本来の健全な民間研究に立ち返るチャンスだ。政府のヒモ付きのままでは、真に大胆な発想は生まれないだろう。

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