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東京オリンピック組織委員会はボランティアと観客の安全に対する責任を明確にせよ

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「Getty Images」より

 8月12日に掲載されたインタビュー(「2020年東京五輪は“人命”を軽く扱っていないか。組織委員会とメディアが犯した罪/本間龍インタビュー」)は、おかげさまで大きな反響をいただいた。ツイッターなどでのコメントはほぼ全てが私の意見に同意するものであり、非常に多くの人々が来年の東京五輪開催に疑問や不安を持っていることが確認できた。

 今夏、組織委は来年に備えて数々のテスト大会を開いたが、酷暑対策はほとんど「惨敗」という結果に終わった。昨年から言われていた様々な施策は、実際の酷暑には役に立たないことが判明したのである。8月7日付の東京新聞によれば、ミストシャワーや送風機、冷却材などを用意したものの体感温度は下がらず、観客から不安の声が出たと報じられている。

 さらに、馬術競技のテストでは人間は元より、馬が暑さで潰れてしまう危惧が表面化し、開催時間を6時台に引き上げることが要望された。馬の輸送コンテナに冷房をつけ、ハード面での備えは充実させたが、肝心の競技時間の酷暑だけはどうにもできないという、まさに「ハードだけ作ってソフト入れず」状態になったわけだ。

 また、マラソンと共に最も苛酷であると危惧されている競歩の選手から、日陰が全くないことを理由にコース変更の要請が出たが、組織委はそんな当たり前のことも検討していなかったのである。

 さらに、東京湾でのトライアスロン競技でも酷暑への対策ができず、陸上での10キロ予定を5キロに短縮したが、それでも外国人選手が熱中症で病院に運ばれた。また別の日には、天候による大腸菌の増減をコントロールできず、競技そのものを中止する羽目に陥っている。台風や大雨によって大腸菌の数が増加するから仕方ない、競技内容の変更は想定内だなどと組織委は言うが、そもそもそのような運否天賦に任すような場所(東京湾)で競技をやろうとする方がおかしい。競技内容の変更についても、距離を短縮すれば他の大会との比較は出来なくなり、メダルや記録の価値は下がるに決まっている。

 それでも百歩譲って、アスリートの健康は自己管理であるとしてもいいだろう。五輪に出場するような選手ならば酷暑を織り込み済みであり、それに備えた練習をしてくるからだ。しかし、ボランティアと観客はそうではない。普段から炎天下で仕事をしている人を除けば、酷暑に対する耐性が無いと考えるのが普通である。そのような人々が数万人、数十万人規模で集まってきた場合、組織委はその人たちの安全に責任を持てるのか。誰が最終責任者なのか。

 私があえて責任を明確にすべきだと考えるのは、組織委は一貫してボランティアや観客の熱中症等の危険性に関する責任の所在を明言しておらず、このままでは安全責任が曖昧なまま、本番を迎える可能性が高いからだ。

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