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アメリカ初の黒人大統領誕生から10年~Netflixとオバマ夫妻がコラボしたドキュメンタリー『アメリカン・ファクトリー』

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 今夏、アメリカではオバマ一家にまつわる話題が続いた。オバマ夫妻のプロダクションとネットフリックスによるドキュメンタリー第1弾『アメリカン・ファクトリー』の配信開始と、オバマ家のニ女、サーシャの大学進学のニュースだ。

「あんなに小さかったのに、もう大学生!?」

 オバマ家の末っ子、サーシャ・オバマが9月から州立ミシガン大学に通うことが報じられた際の、アメリカ人の反応だ。父親のバラク・オバマが第44代アメリカ合衆国大統領となった2009年、サーシャはまだ8歳だった。

マリアとサーシャ

アメリカ初の黒人大統領誕生から10年~Netflixとオバマ夫妻がコラボしたドキュメンタリー『アメリカン・ファクトリー』の画像2

オバマ一家 2010年 Courtesy Barack Obama Presidential Library

 2008年11月4日、大統領選当日の夜。当時、上院議員だったオバマは共和党の対立候補でやはり上院議員だったジョン・マケイン(故人)を破って当選し、地元シカゴのグランド公園で勝利演説を行った。米国史上初の黒人大統領の誕生にアメリカのみならず、世界中が興奮し、夜空にはフレッシュな希望が満ち溢れた。演説ステージに妻のミシェル、長女のマリア、二女のサーシャも登場した。当時11歳だったマリアは赤いワンピースを着てミシェルと手を繋ぎ、黒いワンピースを着た幼いサーシャはお父さんに手を引かれ、観衆にニコニコと手を振っていた。

 波乱に富んだ2期8年の任期を終え、オバマ大統領がホワイトハウスから退いたのは2017年の1月。元大統領は任期終了と共に地元州に戻るのが慣例だが、オバマ一家はワシントンD.C.に家を借り、留まった。まだ高校生だったサーシャを転校させたくないというのが理由だった。

 当時、マリアは父母と同じハーヴァード大学への進学がすでに決まっていたが、1年間のギャップ・イヤーを楽しんでいた。屋外コンサートでマリファナ(と思われるもの)を吸うシーンを撮影されることもあったが、今のアメリカではティーンのマリファナなど特に大きく騒がれることでもなく、やがてニュースから消えた(娘と両親の間でどういった会話がなされたかは不明だが)。そのマリア、今秋からハーヴァードの3回生となる。

アメリカ初の黒人大統領誕生から10年~Netflixとオバマ夫妻がコラボしたドキュメンタリー『アメリカン・ファクトリー』の画像3

オバマ一家 2015年 Courtesy Barack Obama Presidential Library

 一方、サーシャは両親や姉と異なり、州立ミシガン大学アナーバー校に進む。「公立のアイヴィーリーグ」とも呼ばれる優秀な大学だ。今年の初夏には高校卒業プロムの写真も出回った。サーシャはいつになく大人っぽいドレスとメイクだったが、ホワイトハウス時代から写真は撮られ慣れており、余裕の笑顔。ところがプロムのパートナーである少年の顔つきは緊張し切っていた(常にシークレットサーヴィスに囲まれている元大統領の娘とデートするのは、いったいどんな気分なのだろうか)。ちなみにバラク・オバマの身長は185cm、ミシェルは180cmだが、マリアは父親と同じ背丈になっている。サーシャもすでに母親を追い越しているように見える。2人揃って心身ともに健全に育ち、もはや子供ではなく、若い女性となったわけだ。そこにはオバマ夫妻の努力があった。

 まだ40代だったバラク・オバマが大統領選に立候補したいと告げた時、ミシェルは賛成しなかった。理由のひとつは、娘たちを「普通ではない」環境に置くことへの懸念だった。特に幼いサーシャは子供時代を丸ごとホワイトハウスで過ごすことになり、相当に心配したとミシェルは語っている。そのため、当選後は夫妻揃ってサーシャとマリアを「普通に」育てる努力をしている。ミシェルの母親のマリアンにホワイトハウスへの転居を頼み、ミシェルがファーストレディとして多忙な時はマリアンおばあちゃんが娘たちの面倒をみた。娘たちのメディア露出は最小限に抑えられ、オバマ大統領は激務であっても夕刻にはいったんホワイトハウスの居住区に戻り、家族で夕食を共にした後、再び仕事に戻っていった。

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