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靴すら自由に選べない社会とバッシング

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トランス男子のフェミな日常/遠藤まめた

 この連載はトランスジェンダーの一個人として続けてきたが、私は日頃オンライン署名サイトの運営会社で働いている「中の人」でもある。仕事の内容は、日々たくさん立ちあがる署名がより社会にインパクトを与えられるよう、作戦を一緒に考えることだ。

 自分の通っている大学の休学費が高すぎるから改善してほしい、というものから、化粧品の動物実験廃止を呼び掛けるもの、JR山手線の新駅「高輪ゲートウェイ駅」の名前がダサすぎるから変更してほしいというものなど、サイトに立ち上がる署名は種類も様々で本当ににぎやかだ。

 今年の2月には、タレントの石川優実さんが「ヒールやパンプスの着用を女性に義務付ける就業規則をなくしてほしい」との厚生労働省あての署名をたちあげた。石川さんはアルバイト先の葬儀会社でパンプスを履くよう指定されているため、これまで足を痛めていたのだという。

 ある日、石川さんはアルバイト先で同僚の男性の靴をそろえようとした。同僚の靴を手に取った瞬間「なんて軽いんだろう」と石川さんはおどろき、「私も同じ靴が履けたらいいのに」と思ったそうだ。

 その夜、石川さんはTwitterにこんな書き込みをする。

「私はいつか女性が仕事でヒールやパンプスを履かなきゃいけないという風習をなくしたいと思ってるの。専門の時ホテルに泊まり込みで1カ月バイトしたのだけどパンプスで足がもうダメで、専門もやめた。なんで足怪我しながら仕事しなきゃいけないんだろう、男の人はぺたんこぐつなのに。」

 この投稿が2万9000人からリツイートされ、6万人以上から「いいね」がついたことで、彼女は気づいた。

これって、私だけじゃなかったんだ。

 石川さんの書き込みを発端に、靴と苦痛、#MeTooをかけあわせた造語である「#KuToo」というハッシュタグも生まれた。女性たちは「#KuToo」ハッシュタグをつかって、これまでの自分の経験や、怪我をした足の写真などを投稿しはじめた。

 そしてオンライン署名が立ち上がった。おそらく署名という形になっていなければ、この話題はTwitterのタイムライン上でしばらくしたら忘れられ、多くの人たちは1カ月後には、また別のトピックで盛り上がっていたことだろうとも思う。

 6月に厚生労働省に提出にいった。その間のやりとりの中で、厚生労働省の官僚からも「私も実はパンプスに悩まされていて」なんて声を聞いた。ひそかに共感している女性はどこにでもいるのだな、と思った。

 私はトランス男性なので、実はこれまで「パンプスやヒールに日常的に悩んでいる人たちがいる」なんてことは、まったく考えたことがなかった。しかし、石川さんと接する中で、はじめて怪我をしている女性がこんなにたくさんいることや、就業規則として着用を指定している職場が少なくないことを知ることができた。

「靴の選択肢を増やしてほしい」という、これ以上反論のしようもないような主張に対しても、石川さんにかみついている人たちはいる。石川さんがグラビアをやっているからと下に見る人もいれば、どうせ売名行為だろう、騒ぎすぎだ、強要なんてだれもしていない、と決めつけてくる人もいる。

 これらの言いがかり、通称・クソリプに対して、石川さんがあえてスルーせずに応答しにいき、やりあっているのも「#KuToo」の特徴だ。心ない中傷やバッシングに石川さんが反論しまくっている様子をみた出版社は、今度「#KuTooとクソリプについて考える本」を出すことを石川さんに提案したのだという。

 「『クソリプ2019』という本のタイトルはいかがですか?」と石川さんに冗談で言ったら彼女は「あはは」と笑っていたが、きっと大丈夫なことばかりではないだろうし、この間つらいこともたくさんあっただろうし、社会運動なんて出費するばかりで儲かることでもないのに大変な仕事をしてくれたんだな、と感謝と申し訳なさのまじった少し複雑な気持ちにもなった。

 署名提出の後、メディア各社は企業に対してアンケートを行い、パンプスやヒールを強制している会社が少なくないことを明らかにした。そのような報道の中、docomoなど自社の靴のルールをみなおす会社もあらわれてきた。

 7月、靴メーカーから石川さんに「一緒に歩きやすい靴を作らないか」と声がかかり、有機溶剤のにおいのする会社に同行させてもらった。出来上がった靴は2019年9月2日に発表された。

 9月2日、すなわちクー・トゥーだ。

 9月20日には、石川さんが呼びかけてクラウドファンディングで募った費用によって朝日新聞に「靴を選べるような社会にしよう」とのメッセージ広告が出る予定だ。靴だけに、地に足のついた運動になりつつあることが本当にうれしい。

 選択的夫婦別姓でも、同性婚でも同じだが「選択肢を増やす」ことは、だれの権利も侵害しない、ということに、そろそろ日本全体が慣れてきてほしい頃だ。靴ぐらい選べる社会にそろそろしよう。

*クラウドファンディングの件、出資者は名前を広告に載せることもできるので、ご興味のある方はよかったらぜひご協力ください。締め切りは12日(木)まで

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