ラブホテルを舞台に入り乱れる人間模様 性行為に伴うあけすけな本音

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 劇場へ足を運んだ観客と演じ手だけが共有することができる、その場限りのエンタテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、ときに舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。

 近年頻発する大規模な自然災害で、ラブホテルが被災地の瀬戸際に貢献していることをご存じでしょうか。

 水や電気などのインフラが途絶えたなか、帰宅困難者や、体育館などでの集団の避難生活が難しい高齢者などの被災者に、入浴や食事を提供できるよう、ラブホテルと行政との提携が進んでいます。また、災害発生直後に現地入りする報道陣が、宿泊や取材拠点にすることも。

 ラブホテルは必ずしもセックスをするだけの場所ではなく、グループ同士でのパーティー場所としての活用も増えています。一般的には迷惑施設とみなされることもあるものの、ひとが生きていく上で大きな喜びである性愛の心強い味方であるラブホテルは、幅広い意味で、人生の味方でもあるといえるかもしれません。

 とはいえラブホテルの本領は、自宅でセックスできないなんらかの事情を抱えたひとびとの赤裸々な愛や人間模様。今月初旬に東京公演を終え、来月には大阪公演を控える小劇場作品「暗転セクロス」は、そんなラブホテルを舞台に、さまざまな男女の間で展開される6つの物語を描いています。

浮気風俗、強盗、自殺志願者…各部屋の修羅場

 「暗転セクロス」は、フジテレビ「世にも奇妙な物語」などを手掛ける脚本家の岡本貴也が作・演出。2013年に初演され好評を博し、2014年にも再演されているオムニバスコメディです。ある大雨の日、もう終電もない深夜。とあるラブホテルに宿泊するカップルたちは、いろんな事情を抱えています。

 202号室には、男性が独りで滞在。遠距離恋愛の彼女がいるけれど、彼が待っているのは、別の女性。そこへ乗り込んできたのは待ち人ではなく、遠くにいるはずの彼女。浮気を責める修羅場のさなかへ登場したのは、デリヘルのSM女王様でした。

 都会へ出て、彼女との平凡なセックスにはなかった倒錯した刺激を知りのめり込んでしまった彼と、風俗業に従事する女王様を責める彼女。しかし最終的には、女性同士だからこそのエロスと悲哀に共感し合った彼女と女王様がベッドインしてしまいます。

 204号室には、大金の入ったかばんを抱えたチンピラ風カップルと、しばられたコンビニ店員の男女。コンビニ強盗が成功し興奮するチンピラカップルはイチャイチャ、人質に取られた店員の男は、美人な店員女を差し出して自分だけ助かろうとします。

 激高したチンピラ男が店員男に暴力をふるっても、そして自身も殴られてもチンピラ女はおとなしく従い愛を捧げますが、チンピラ男が店員女に乗り変えようすると豹変。「それだけはだめだよ」と、強盗に使った銃をチンピラ男に向け、銃声が響き渡ります。

 205号室には、女性ものの服装を広げたなかで中年男が自殺しようとしており、ピザを届けに来た無気力な女性配達員があわてて止めます。亡くした妻は美しく、体の相性もばっちりで忘れられないと思い出を語り、死んで会いに行くという男に、配達員は過去に恋人から裏切られすべてをなくしたと明かし自分も一緒に逝くと約束しますが、204号室からとんできた銃弾が男の体を貫き―。

「私たちは一生、子どものできないセックスをするのね」

 親しい相手だからこそ明かせない倒錯した性の欲求や、年齢を重ねても消えない性欲など、思春期の激しいだけの性衝動とは違うオトナだからこその性の悩みは、数多く存在します。そのなかで最たるものは、妊娠にまつわるもの。

 105号室では、高校時代からの親友である響生(泉紫太朗)とリョウヘイ(永岡卓也)がそれぞれの妻を伴い、宴会をしています。

 互いの夫婦生活の嗜好を明かすうち、リョウヘイの好みを聞いた響生の妻の繭(須貝汐梨)が突然、セクシーなコスプレ姿で登場。響生とそろって、リョウヘイにセックスしてほしいと懇願し、リョウヘイの妻ヤヨイ(白石花子)も、それに同意します。

 実は響生は無精子症、ヤヨイも高額な不妊治療をいくら試みても妊娠せず、リョウヘイ以外の3人は、子どもを熱望する気持ちと妊娠できない現実に疲弊していました。

 リョウヘイが、夫婦以外でのセックスに抵抗を示しても、快楽と子作りは別物と説得する3人。しかしいざ納得して、リョウヘイが繭にのしかかろうととすると、響生とヤヨイは絶叫して押しとどめてしまいます。

 リョウヘイをその気にさせるため、コスプレやオトナの玩具を持ち出しどたばたする光景は、客席からも笑いが起き、コメディそのものです。しかし、その滑稽さの間にこぼれる、繭の「この先私たちは一生、子どものできないセックスをするのね」という言葉の重さと切なさは、セックスと、夫婦という形態の根幹を問いただすものでした。

 「赤ちゃんができるから避妊しろって、大人は避妊の仕方しか教えてくれなかった」「どうしたら赤ちゃんができるのか、教えてくれなかった」というセリフは、舞台が病院や自宅ではなく、ラブホテルであるからこそ「どうしても子どもがほしい」「でもどうしたらできるのか分からない」という気持ちの切実さをより印象づけるもの。そして、妊活に悩む現代人の混迷も象徴しているようにすら感じられます。

心をオープンにしたセックスの難しさ

 タイトルの「セクロス」とは、セックスを指すネットスラングのこと。舞台の暗転=ベッドインして、物語に区切りがつけばいいけれど、性の悩み、そして疑問は、形を変えても一生まとわりつくものです。

 オトナになり、性の喜びを享受できるようになったからこそ、かえって語りづらいことは増えるように思います。観ていて実感したのは、パートナー間のコミュニケーションは、やはり大切だということ。筋書きがコメディだからこそ、他人とセックスしてでも子どもを作りたいとあけすけですが、ここまで本心を明かしあえる夫婦は、現実にはどのくらいいるでしょうか。

 ちょっとほろ苦い余韻もかみしめつつ、性愛以外の心の奥底までオープンにできるほどのセックスをする難しさも、痛感してしまいました。

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