ニュースは本当に「本当のこと」だけを伝えている? 誰かにとっては嘘でも、他の誰かにとっては本当であること

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 第96回オール讀物新人賞を受賞した新人作家・佐々木愛さん。今月12日には初となる単行本『プルースト効果の実験と結果』(文藝春秋)が発売されました。「きのこの山」と「たけのこの里」をめぐる失恋を描いた表題作、「桑田佳祐は楽譜が読めない」と唱え続ける高校生らが登場する「楽譜が読めない」など4編を収録した、大人になる直前の男女を描いた恋愛短編集です。

 書店用ポップにある「静かなエモが爆発している」との感想コメントにあるとおり、その「エモさ」がじわじわ話題の同作ですが、作者の佐々木さんは新人賞受賞当時、ウェブサイトのエンタメニュースを書く「芸能記者」で、「エモいというより、どちらかといえばゲスい原稿を書いていた」そう。書くものが芸能ニュースから小説へと変わった経緯や、今作に込められた思いを聞きました。

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佐々木愛(ささき・あい)
1986年秋田県生まれ。青山学院大学文学部卒。2016年「ひどい句点」でオール讀物新人賞受賞。『プルースト効果の実験と結果』が初の単行本。

制作会社を選んだのは「三谷幸喜が好きだから」

——まずは芸能記者になった経緯を伺ってもよろしいでしょうか。

佐々木 三谷幸喜さんの脚本が好きで、いつか一緒に仕事が出来る人になりたいと思い、テレビ番組の制作会社も受けていました。入社することになった制作会社では、面接の際に『テレビ局のニュースサイトの仕事もあるんだけど』と言われて、『文章を書くことも好きです』と話したところ、内定をいただけました。

——三谷作品のどういった部分がお好きなのですか。

佐々木 私は「人間が好きになりたい」と思いながら日々生活しているのですが、三谷さんの作品を観ている間は、人間が好きになれたような気がしてくるからです。

——三谷幸喜さんには会えましたか。

佐々木 制作会見など取材の機会があれば、率先して行っていました。そのほかにも実は、道端で3度、偶然お見かけしたことがあります。2度目の後からは、「次に偶然会ったらサインしてもらおう」と思い、通勤用のカバンに『仕事、三谷幸喜の』(角川文庫)を常に入れていたのですが、3度目の偶然の際もどう見てもプライベートだったので、声をかけることはできませんでした。

——面接では「文章を書くことも好き」とアピールしたとのことですが、その頃から小説を書いていたんですか?

佐々木 小説を書きたいとは小さいころから思っていましたが、なかなか最後まで書けませんでした。大学時代にも豊島ミホさんの小説『檸檬のころ』(幻冬舎)に衝撃を受けて、「自分も今度こそは書く」と決意して原稿用紙を買いましたが、結局は書けていません。実際に最後まで書けたのは2014年頃だったと思います。

「芸能記者」と「小説家」

——しかし芸能ニュースの原稿と小説では、まるで筋肉の使い方が違うと思います。芸能記者でありながら、小説家になろうと思ったのは、なぜでしょうか。

佐々木 話すことが下手だからです。仕事をしていて思ったのですが、記者職は場合によっては書くこと以上に、人と上手に話す能力が求められますよね。私は「おばあちゃんになっても仕事をしていたい」と思っているのですが、話すことがメインの職のまま年を取っていく自分が想像できませんでしたし、話術以外の技を身につけなければ社会人としてやっていけないだろうと感じていました。そうこう考えているうちに、やっぱり小説を書きたい、それを職業にしたい、と思いました。

——とても珍しいきっかけですね。こうして著者インタビューを受けることもあると思いますが、やはり苦手意識は変わらないですか。

佐々木 インタビュアーの方に対して、非常に申し訳ない気持ちになります。優しく話を聞いてくださって、カウンセリングを受けている気持ちです。お声がけしていただけるのはとても励みになるので頑張ります。

——取材する側からされる側に変わって、いかがですか?

佐々木 公の場に出る時は、「自分が見ても自分じゃない」と思えるような出で立ちを意識しようとしています。黒目が大きくなるカラコンをして、普段は着ないような服を着るなど、最大限に見栄を張ります。デビューにあたってプロフィール写真を撮る時も、産後太りしていたのを2ヵ月で6kg減量し、インスタで探したプロのヘアメークの方に依頼して撮影に臨みました。実店舗に行くのは恥ずかしいので、メルカリでウィッグも購入しました。それはうまく装着できず、やめましたが。しかし、写真を見た以前の知人に「変わってないね」と言われたので、上手くいっていないようです。

——また意外な行動力が。こういった“非日常”に際した時に力を発揮するのは、どういう理由からだと思いますか?

佐々木 “嘘”にとても興味があるからだと思います。話すことが下手すぎるので、私が口で話していることは大抵が嘘のようになってしまいます。非日常は、堂々と嘘がつけるシーンであるような気がします。気づけば『プルースト効果の〜』に収録されている「ひどい句点」「春は未完」「楽譜が読めない」の3編も、嘘にまつわるお話です。特に「ひどい句点」は、ゲスの極み乙女。の楽曲「ロマンスがありあまる」の歌詞の、嘘について書かれた部分からヒントを得て書いていました。

事実と乖離していく、そんな小説を書きたい

——芸能記者としての経験は、小説に活きそうですか。

佐々木 文章を書くおもしろさを教えてくださったのは、たくさんの先輩記者の方々ですし、自分の感想や思いを入れずに淡々と起きたことを描写するというニュース記事の書き方は、小説を書くときも使います。

——特に印象に残っている取材などはありますか。

佐々木 ゲスの極み乙女。の、一時活動自粛前の最後のライブ(2016年12月)です。私は元々ファンで、自分でチケットを取っていたので、会場にはファンとして入っていたんですが、会場の外では多くの記者が川谷絵音さんのコメントを撮るために集まっていて。私もライブ後は記者として出待ちをすることになりました。

——ありましたね、懐かしい。

佐々木 そのライブ中、客席のファンから『(会場が)暑いよ』といった声が上がって、川谷さんはMCで『それはしょうがないよ』というような返しを軽くしたんです。それが後日、あるメディアでは、“川谷が活動自粛に対して『しょうがない』と言った”という内容の記事が出ていました。

 私はニュースサイトで仕事をしていたので、「マスコミが嘘をついている」とまでは思わず、その記事が出るに至った流れを色々想像してしまいますし、『私の耳が間違っていただけで、もしかして記事のほうが正しいんじゃないか」とも思ってしまいます。

 ニュースになることによって、“嘘”が“本当”のように変わってしまうというのは、取材をしていてたまに感じていました。取材した側から見たら、誰もが信じがちな新聞やテレビより、眉唾ものとされているゲスな週刊誌や東スポ、wezzyのようなネット記事のほうが“本当”に近いことを書いていると感じることもありました。“誰かにとっては嘘でも、他の誰かにとっては本当であること”など、嘘についてはこれからも書きながら考えていきたいです。

——メディアやタレント、世間やファンにも、それぞれの「事実」がありますからね。また記者をやりたいと思うことはありますか?

佐々木 いま記者の仕事をしていないのは、子どもが生まれて環境が大きく変わったためなので、やりたいか・やりたくないかだけで言えば、やりたいです。最終的な目標のひとつは、三谷作品のように「読んでいると人間が好きになってくるような気がする物語」を書けるようになることなので、そのような物語が書けるようになるまで小説でも踏ん張るつもりです。ですので、まずはひとりでも多くの方に『プルースト効果の〜』を読んでいただきたいです。

(取材・文/田辺直哉)

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