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ハリウッド映画の同性愛へのまなざしはどう変容してきたか

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『ブロークバック・マウンテン』(2005)

 2005年にアメリカで公開され、78回のアカデミー最多ノミネート作品となった映画『ブロークバック・マウンテン』の主演俳優ジェイク・ギレンホールが、今年7月に米『サンデー・トゥデイ』のインタビューで、同じく主演をつとめた故ヒース・レジャー(2008年死去)が同作に抱いていた思いを明らかにした。

 映画『ブロークバック・マウンテン』は、アメリカ西部ワイオミング州、ブロークバック・マウンテンの農牧場に季節労働者として雇われたカウボーイ、イニス(ヒース・レジャー)とジャック(ジェイク・ギレンホール)が、20年間に及び育み続けた愛を描いた作品。

 広大な自然の中でひと夏の作業を通じて意気投合した彼らは、ある夜、狭いテントの中で肉体関係を持つ。帰郷後、それぞれは結婚し家庭を築くものの、抑えきれない思いを抱えて年に数回の逢い引きを重ねる、というあらすじによる2人の男のラブストーリーだ。

 公開当時、“ゲイ・カウボーイ・ムービー”と評された同作が、2006年のアカデミー賞で作品賞を含む8部門にノミネートされたことは、大きな注目を集めた。最近になって、ギレンホールが明らかにしたレジャーの想いとともに、なぜ本作のオスカーノミネートが話題となっていたのか、そして当時と比べて、近年のハリウッドにおける“映画の中の同性愛”へのまなざしはどう変容しているかを紐解いていく。 

保守的なアカデミー賞と『ブロークバック・マウンテン』のノミネート

 映画『ブロークバック・マウンテン』において、舞台がワイオミングであること、愛し合う2人がカウボーイであることは、作品の大きなポイントとなっている。

 アメリカの中でも保守的な思想が根強い西部(そして南部)において、男性だけが就くことを許されているカウボーイという存在は、伝統的に“男らしさ”の象徴とされる。男性のみで作業をし、その中でホモソーシャリティ(同性社会集団)を築くカウボーイのコミュニティにおいて、その連帯を崩す同性愛は、非常に激しく拒絶されるのだ。

 本作でも、イニスが同性間の恋愛を咎められた男性がリンチの末に殺された光景を目撃したことを幼少期のトラウマとして抱え、ジャックへの想いを押し殺すという描写がある。一般社会よりも同性愛に対する偏見が強いカウボーイ同士の恋愛を描いた作品だったことは、世間が注目した要因の一つであっただろう。

 本作は、製作段階で非常に難航を極めた作品としても知られている。メガホンを取ったアン・リーが監督に決定する前、その候補として名が挙がり、かつ初期段階の企画にも参加していたガス・ヴァン・サント監督は、キャスティング段階ではレジャーとギレンホールではなく、別のスター俳優たちにオファーを重ねていたことを明かしている――「誰も出たがらなかった。数々の有名俳優たちを希望したけど、全員“ノー”と言ったよ」

 希望していたキャスティングに失敗したサント監督は、結果としてその座をリーに受け渡した。そしてリーは、当時はまだスター俳優ではなかったレジャーとギレンホールを主演に抜擢した。

――なぜこの作品の製作は難航したのか? その背景の一因は、2016年公開の映画『キャロル』が第88回のアカデミー賞6部門にノミネートされた際、主演のケイト・ブランシェットが発言した内容からも汲み取れるのではないだろうか。

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『キャロル』(2016)

 『キャロル』は、1950年代のニューヨークを舞台にキャロル(ケイト・ブランシェット)とテレーズ(ルーニー・マーラ)の2人の女性が強く惹かれあう恋愛模様と、それを時代が許さない運命を描いた作品。この作品について、ブランシェットは「監督のトッド・ヘインズがゲイであること、そして女性同士の恋愛を描いているということは、多くのアカデミー会員にまだ受け入れられていない」と、ハリウッドを取り巻く風潮を述べている。そのうえで、「今回、この作品でアカデミー賞を獲ることは難しいでしょう。しかし、10年前であればこのような作品はノミネートすらされていなかったので、(『キャロル』の出演を)誇りに思う」とコメントしていた。

 ブランシェットのこの言葉を考えれば、まさに『キャロル』公開のおよそ10年前、同性同士の愛を主題に描いた『ブロークバック・マウンテン』がアカデミー賞にノミネートされたことが、当時としてはいかにエポックメイキングな出来事であったかが分かるだろう。

 アカデミー賞は、その多くを保守的な思想を持つ会員で構成されると言われるアカデミー協会によって選考されるため、近年までは有色人種の役者の受賞は困難である、とされていた。2016年のアカデミー賞においては、演技部門の20人が白人俳優のみのノミネートだったことを受け、多くのメディアが“白人至上主義の賞”――通称「ホワイト・オスカー」という蔑称で批判し、SNS上では「#OscarsSoWhite(オスカーは真っ白)」というワードが拡散され、話題となった。

 アカデミー会員による保守的な風潮が作り出したバイアスの影響は、いまだマイノリティとされている同性間の恋愛を取り扱った作品にも及んでいた。こうした当時のハリウッドにおける風潮は、賞を狙うスター俳優たちが『ブロークバック・マウンテン』への出演を敬遠したひとつの要因となっていたとも推測できるだろう。

“ゲイ・カウボーイ・ムービー”というレッテル

 つい最近にも映画『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019)に出演するなど、現在ではハリウッドを代表するスター役者の1人として活躍するジェイク・ギレンホールは、今年のインタビューにて、2008年に亡くなったヒース・レジャーと共に築き上げた『ブロークバック・マウンテン』について語っている。同作の影響を問われたジェイクは、「あの作品は私にとって、可能性の扉を開けてくれた作品だ」と述べている。また、本作につけられていた“ゲイ・カウボーイ・ムービー”というレッテルについては、このように語った。

「あの時、『ブロークバック・マウンテン』を多くの人がからかったり、批判した。でも、ヒース・レジャーは決してそれを許さずこう言ったんだ、“これは愛についての物語なんだ”。私は、彼のそういうところを愛していたよ」

 ギレンホールが明かしたレジャーの意思は、先述の映画『キャロル』において、女性と恋に落ちる役どころを演じたケイト・ブランシェットが抱いていた想いとも共通するものがある。ブランシェットは、本作で主演女優賞にノミネートされた際のインタビューで、「今まで演じた女性との違いは感じない」「本作のキャロルとテレーズの恋は、『ロミオとジュリエット』のようだと思った。どちらも、通常の観念や習慣の中では禁断の恋だったから」と思いを述べていた。

 ヒースやギレンホール、そしてブランシェットをはじめとする、“普遍的な愛”といった作品の本質テーマを捉えた役者たち――そして、業界全体に漂う保守的な風潮を恐れずにディレクターズ・チェアの座を引き受けたリー監督、ヘインズ監督のような映画作家たちによって作られた作品が今日のハリウッドに及ぼした影響は、近年におけるアカデミー賞候補作にも見ることができる。

 ハリウッドにおける “映画の中の同性愛”の捉え方が変化してきていることを、近年のアカデミー賞ラインナップから見ていこう。

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