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漬物の専門家が語る、発酵食品にまつわるトンデモ・スピリチュアル!

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「GettyImages」より

「発酵食を食べると、波動が上がる」「発酵食は究極の引き寄せ!」

 ーー漬物や納豆、ヨーグルトなど、わたしたちの食生活における常連選手「発酵食」。昨今世界中のトレンドになっていることもあってか、自然派生活愛好者やスピリチュアル愛好家のあいだでも、鉄板の話題となっています。しかも冒頭のような、独自解釈を盛りながら……。

 それらはだいたい家庭で作られる手作り発酵食、すなわち「民間発酵食」のシーンで語られることが多いようです。過去に当連載でご紹介した「赤子ヨーグルト」なんかは、民間発酵食のトップ・オブ・トンデモと呼んでいいでしょう。

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 赤子ヨーグルトのほかにも、奇妙なものはまだまだたくさん。「市販菌のヨーグルトとは、乳酸菌の数がケタ違い!」なるふれこみの「豆乳グルグルヨーグルト(TGGヨーグルト)」だの、豆乳アボカドヨーグルトだの。

目に見えないパワーの神秘性

 今回はそれら謎発酵食品の周りに漂うトンデモについて、老舗漬物屋を家業とするイノツーケさん(@inotukeuraban)にご意見をうかがいました。

 イノツーケさんは、スピリチュアル思想に基づいた自然派生活にハマり、体を壊した経験を持つ「元・沼住人」。トンデモに惹かれる気持ちは理解しながらも、発酵食品(漬物)を専門に扱う立場から、おかしな情報に日々つっこみを入れている人物です。

 そんなイノツーケさん曰く、「今の民間発酵は、社会的に無法地帯」なのだとか。

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イノツーケさん(以下、イノツーケ):一時期話題になったアボカド豆乳ヨーグルトをはじめ謎の発酵食品を広めている人たちは、漬物販売店の自分から見れば無免許・ノーヘル・半袖半ズボン・草履で大型バイクに乗ってるようなものに思えます。

 漬物の場合は商売するにしても、資格とかさほど要らないんですよね。ですから自分も無免許といえば無免許なのですが、もちろん営業許可は必要ですし、抜き打ちで保健所に検査もされます。また、業界の横のつながりから食中毒の注意喚起などもしょっちゅう来ますから、常に気は抜けません。

 そういった状況と比べると、民間は当然それらがありませんよね。なのに講座だなんだと手広く我流のものが広められる現状は、ぶっちゃけカオスです。

 確かに糠床なんかは、もともとややこしいもんではなく、権威のある指導者がいるわけでもない自由度の高い世界です。そこでひと山当てようとするから、発酵に神秘性とか出してきて目立とうとするのでしょうか。

 発酵とスピリチュアルの親和性が高いのは、目に見えないパワーという点でしょう。 しかし実際は菌は顕微鏡を使ったら見えるんだし、身の回りの虫の生き様を見てるのと同じはずです。

 発酵の神秘トークでありがちなのは、「菌はよい波動に敏感」「美味しくするには作り手がよい波動を出すべし」なんてあたりでしょうか。

イノツーケ:よく耳にするくリクツですよね(笑)。その理屈でいえば、私の糠漬けを食べて美味しいといっていただけるのは、きっと私の波動が高いからだと思われます。数多くの酒を作りつづけている杜氏さんや、大手ビール会社の波動もすごいということですね。そうなるともう、発酵やっている場所が、パワースポットになるんじゃないでしょうか。……なんてのは冗談で、もちろんそんなことは一切ありません。

 発酵させるのが下手でも上手でも、美味くても不味くても、波動は関係ありません。「信じていないからヨーグルトにならない」なんてことをいうスピ教祖もいますが、発酵とは無関係の世界です。すべては手間と技術です。

 ただし糠床のお世話なんかは誰でもできるものですが、案外大変なものであるのは確かです。家庭の台所は肉魚生ものほか幅広く扱うので、どんなにキレイにしていてもさまざまな菌が飛び交っています。専門店である私らはそのへんを環境からしっかり整え、それだけを年がら年中やっているわけです。すると雑味が減り、食べやすく仕上がる。

 いずれにしても波動とかよくわからない不確定要素を頼りにするより、自分の腕や味覚をはじめとする五感を信じたほうが、腕は上がるでしょう。

 赤子ヨーグルトの件でもあったように、手作り発酵食を推す人たちの一部で、自分の皮膚表面の常在菌を利用する、というのも「貴重な気づき」のように語られていますよね。「手で混ぜるほどにすごいスピードで発酵が進む」とか、「家族みんなの手で味噌を混ぜると、その家庭ごとの味になる」とか。衛生面が不安過ぎるだろ!

 スピ界で有名なさとうみつろう氏は「石けんで手洗いしたら、7年ぶりに風邪をひいた。手の常在菌を落としてしまったからだ!」「でもそれは腸内細菌が僕という肉体に風邪をひかせるため自らの意思で手洗いをした」とブログで大騒ぎしていました。まあそういった世界がある……と想像することは自由なんですが、こういう菌信仰者が「市販菌のヨーグルトとは、乳酸菌の数がケタ違い!」といい切り「豆乳グルグルヨーグルト(TGGヨーグルト)」を広めているのが、ちょっと怖い。

右回りで混ぜるとエネルギー注入?

イノツーケ:むしろ手はしっかり洗い、レシピを穴のあくほど見ましょう、といいたいですね。どんな種類がどれだけいるのかわからない常在菌もまた、不確定要素すぎます。雑菌や雑味こそが民間発酵のだいご味かもしれませんが、安全に美味しいものとはかけ離れています。

 私は自然農法も勉強しましたが、あるがままに人が手を入れず雑草とともに育つ……と思われているあちらだって、実は雑草であって雑草ではありません。あくまで、人の手でコントロールされた範疇の雑草、なんです。イメージと実作業の違いを、理解していただきたいですね。

 糠床やヨーグルトを「右回りで混ぜる」という謎のお作法はどうでしょう。愛好家のブログなどを見ると、エネルギーを入れるには右周り、抜くときは左周りという設定になっているようですが。

イノツーケ:ぶっちゃけ、発酵にとってはどっち周りでも変わりません。右回り~はスピ教祖にハマっていた過去に自分も実践していましたが(笑)、そんなことよりもっと重要なことがあります。右回りだと宇宙パワーがなんたら~より、人が物理的に発酵物に「力を加える加減」が変わることのほうが圧倒的に重要だということです。

 小さな菌の世界は、人間のちょっとした力加減や酸素の入る量に多大な影響を受けます。そこへ力強く10回混ぜた場合と、弱く10回混ぜた場合、それぞれ3カ月続けたら違いが出て当然でしょう。そのため当店で行っている講座では「容器によって混ぜ方を変えて下さい」とお伝えしているんですよね。人それぞれである力加減の変化や、力を入れる方向などの体の癖を、スピリチュアル界では「自分で自分を観ていく」と口うるさくいっているのだと思います。

 自分のありかたが菌の状態に反映される……! と壮大に語っても、要は果てしなく単純な話だ、ということですね。これもまた、スピ界あるあるといえそう。

イノツーケ:ほかには、同じ発酵食品を食べるとみんな同じ気持ちになるなんてすごいことを語っている方もいるようです。知人に双子のお子さんをお持ちの親御さんがいますが、同じ環境で暮らしている双子でも腸内細菌までは同じではないようで、好みも性格も全然違うそうです。当たり前。それなのにまったくの他人がちょっと同じものを食べたからといって同じ性格になったら、怖すぎます。

「発酵食品で健康も美も!」過剰宣伝はうれしくない

 それが叶うなら、発酵食品を製造販売しているイノツーケさんが多くの人を意のままに操る教祖になれる可能性も跳ね上がりますね。ならないでしょうけど。

イノツーケ:自分も洗脳された経験がありますから(笑)、スピ教祖たちを反面教師とし、発酵食品を教える講座ではあくまで基本を教えることに徹し、余計な情報は入れないように気をつけています。商売人としては失格かもしれませんが、万が一敬わられたりしてしまうと面倒なことになるのを知り尽くしていますので。

 発酵食品で健康も美も手に入る! なんて過剰な宣伝をされるのも、正直おもしろくありません。糠床って1年常温で管理すると味の深みがすごく出るんですが、そのときに日本の風土を再確認されたりすると、大変うれしいですね。残念ながら、そういうご感想はあまりいただけないのですが(笑)。

 なるほど真っ当に取り組んでいる人にとって、最も重要なのは味と安全。手作りの謎発酵食品を楽しむ人にとっては、食の冒険や自然のロマンが重要なのかもしれませんが、それを「講座」やら「ワークショップ」やらで広めるのはちょっと勘弁していただきたい~と、イノツーケさんのお話を聞き、改めて思った次第です。

 実際家でヨーグルトやパン、糠漬けなんかを作っていると菌の世界は実に感動的。でも、あることないこと(ないことないこと、か!?)盛りまくられているのを見ていると、発酵ネタに食いついてくる人はトンデモ率が高そうだ……とまで思えてきてしまう。そしてママ友トークなどでは、その手の話にならないよう、さりげな~く違うネタをふり続けている毎日です。

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