日本が直面する排外主義、格差社会。絶望せず未来へ進むためのヒント/ブレイディみかこさんインタビュー

社会 2019.10.08 16:00

ブレイディみかこ氏(撮影:尾藤能?)

 イギリスで保育士として働きながら、労働者としての「地べた」からの視点で英国社会における「格差」「貧困」「差別」の有り様を書き続けてきたブレイディみかこ氏。彼女の新刊『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)は大きな反響を呼んだ。

 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の主人公は、中学校に入学したブレイディみかこ氏の長男。裕福な家の子どもたちが通う公立カトリック校の小学校に通っていたのだが、中学校に進学するにあたり同じように恵まれたカトリック校ではなく、近所の学校を選択する。音楽やダンスなどを推奨する自由な校風に惹かれたからだ。

 しかし、そこは主に白人労働者階級の子どもが通い、かつては荒れていることで知られた「元底辺校」。現在は学校改革が成功して真ん中ぐらいのランキングまで上がっているが、裕福な家の子どもたちが集まるカトリック校では起きない問題が次々と噴出する。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、母と息子の視点から、英国社会における排外主義や格差の状況をルポしている。

 そこに書かれているイギリスでの生活の「リアル」は、日本との共通点、そして、日本がこれから先に歩むであろう道を示唆しているのではないか。ブレイディみかこ氏に話を聞いた。

【ブレイディみかこ】
1965年福岡生まれ。イギリスのパンクロックに惹かれて渡英を繰り返し、1996年からブライトン在住。出産を機に保育士資格を取得し、貧困層の家庭の多い地域の保育所で働きながらライター活動を行う。『子どもたちの階級闘争──ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)は、2017年に新潮ドキュメント賞を受賞、翌年には大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補になる。

「経済」の問題が、移民に押し付けられている

──本書では息子さんの中学生活を通して、英国、特にブレイディみかこさんの住んでいるブライトンにおける差別や格差の有り様が書かれていますが、日本でも排外主義的な空気がどんどん強まってきています。
本のなかでは、夏休みに日本に帰省した際、英語で会話する息子さんを見て見知らぬ中年男性が「日本に誇りをもつ日本人ならそれじゃいかん。あんたも日本人なんやけん、日本語を教えて、日本人の心を教えんと、日本の母とは呼べんな」と話しかけてきたエピソードが出てきますね。

ブレイディみかこ いまの日本には、どこかを刺したらそういうレイシズム的なものがプシュっと噴き上がる人が多いのではないかと感じます。もしかしたら、あのオジさんは酔っ払っていたからあんなことを言っただけで、普段はそんなひどいことを言う人ではないかもしれない。でも、なにかのきっかけがあったら躊躇なくそういう発言が飛び出す空気は感じます。

──日本では外国人労働者がどんどん増えていますし、多文化が入り交じる状況に困惑する人が多くいるのかもしれません。

ブレイディみかこ 日本に住んでいる人と話していると、よく「日本は海外で起きたいろんな悪いことを見てきたわけだから、その失敗から学ぶことで、うまくやることができる」といったことをおっしゃるんだけど、人間ってそこまで賢くないから、そういう人種的なこととか、人と人のぶつかり合いは自分で体験しないと本当のことはわからないと思うんですね。

──そういう点では、イギリスは遥か先を歩いていますよね。

ブレイディみかこ イギリスでも排外主義に対する状況は右肩上がりでよくなってきたわけではなく、落ち込んではまた上がってを繰り返しています。三歩進んで二歩下がる、みたいな。そして、現在はまたEU離脱をめぐってレイシズムが噴き上がっている。

──ここに来てイギリスで排外主義が再び力をつけたのはどうしてだと思われますか?

ブレイディみかこ イギリスが新自由主義と緊縮財政を押し進めた政治をやってきて、その結果として起きているのがEU離脱ですから、突き詰めれば経済の問題なんですよ。

──排外主義の高まりと経済の問題は密接にリンクしていると。

ブレイディみかこ 中間層は将来に不安をもち、下層は福祉を切られて生活がギリギリのところまで追い込まれている。そういった状況になると、人は不安や苦しさの理由を求めます。理由があると安心するじゃないですか、人間って。
 そうなると、「自分が苦しいのは、移民が入ってきたからだ」となるわけです。「移民がたくさん入ってきて賃金が下がったからこんな状況になっている」と言って煽る政治勢力が現れると、「じゃあ、移民を排除すればいい」となる。
それは仕事の問題だけではありません。イギリスでは公共サービスも非常に劣化していますが、その理由も「移民が入ってきたから病院でこんなに待たされるんだ」とうまく煽られると、みんなそちらに流れてしまう。
緊縮(緊縮財政政策)って英語でAusterityというんですけど、普通の人はそんな言葉知らないし、経済の仕組みもよくわからないから、「移民のせいだ!」って言われた方が簡単。だから、緊縮財政が終わらない限りは、排外主義もなくならない。このリンクは、近年、欧州ではよく識者に語られていますよね。

──新自由主義や緊縮財政が人々の生活を苦しめているのは、日本もまったく同じ状況だと思います。

ブレイディみかこ 福祉とか教育とか、市民の生活に必要な財政支出が満足に行われずに経済が緊縮すると、人心がギスギスしてくる。日本で排外主義が噴き出しているのも、経済に原因があるからだと思いますよ。
経済的不安があって、みんな明日の暮らしがどうなるか分からないから、近隣諸国の人たちや外国人労働者をスケープゴートにして差別する。
日本もイギリスの後を追って新自由主義的な政策をやってきているので、このままイギリスと同じような道を進みかねない感じはあると思います。
でも、イギリスに来たら、中国人も韓国人も日本人も等しくチンキー(編集部注:Chinky。基本的には中国人を蔑視する言葉)と呼ばれるんですけどね。イギリス人から見たら、同じ東アジアの人。どこの国かなんて分かりませんから。それで東アジアの人同士は国が違っても同胞意識をもったりするんですけど。

国際空港に「嫌韓本」がある日本の状況

──日本の場合、メディアにも非常に問題があると思います。ここ最近の嫌韓報道が典型ですが、メディアが排外主義を煽るような役割を果たしている状況があります。

ブレイディみかこ 昔、イギリスの新聞社の駐在員事務所でアシスタントをしていたとき、同僚に日本好きでしょっちゅう日本に旅行しているような男性がいたんです。
彼とはいまもつきあいがあって、数年前に話したとき、「日本に行ったら空港に中国や韓国のことを悪く書いたタイトルの本が置いてあった」と言ってたのであまりにシュールで不謹慎ながらつい笑ってしまったことがあります。「日本はまた鎖国すんのか!?」って。

──やっぱり、イギリスにはないんですか? フランスをバカにした本とか。

ブレイディみかこ だって国際空港にそんなものあるわけないじゃないですか。「フランスいらない」とか表紙にあったら大変なことになります(笑)。いくらイギリスでも、さすがにそんなものはないですよ。イギリス的な感覚でいったら、他国を貶す本が国際空港に置かれている状況は、ナンセンスコメディの舞台設定のようにすら映ります。

──そうであれば、当然、テレビが排外主義を煽ることもないんでしょうね。

ブレイディみかこ BBCなんか顕著ですけど、イギリスのメディアはポリティカル・コレクトネスにうるさいですよ。それは昔からずっとそうです。
日本のメディアって、報道でもなんでも画一的ですよね。特にテレビ。どのチャンネルも同じことしか言っていない。もっといろいろな報道の切り口や多様性があっていいと思いますよね。その方が楽しいし、盛り上がりそうなものですけど。
みんなが一斉に安全な方・売れる方に行って、その結果、視聴者に飽きられて、視聴率も落ちて、テレビ局はますます安全な方・売れる方の企画しか出せなくなっている、というのが現状なんじゃないでしょうか。多様性がなくなった結果、全部が面白くなくなって、ダメになっていく。テレビだけじゃないかもしれないけど。

──画一的という面でいうと、日本国内では「内向き志向」「ガラパゴス化」が強まり、音楽・映画・文学などの海外の文化がどんどん受容されなくなっている傾向も感じます。

ブレイディみかこ それは私もすごい感じます。海外から入ってくるものを聴いたり、見たり、読んだりして影響を受けることって大事じゃないですか。それは、海外にかぶれろって意味ではなく。
「ここじゃない世界がある」っていうことは、すごくいろんな人を勇気づける。特に、いまがつらい人。生きていると、ここじゃない世界がどこかにあると思うからやっていける瞬間ってありますよね。
私も昔は、海外の音楽に励まされて、それが高じて「いま我慢して高校を卒業をしてお金さえ貯めればイギリスに行けるんだ」みたいな気持ちも生まれて、それが原動力になっていましたから。

──すごく分かります。

ブレイディみかこ そのためにも外からの情報って大事だと思うんです。でも、外からの情報がなくなったり、興味がない人が増えたりすると、そもそも翻訳がなかなか出なくなったりする。
1980年代とかだと海外の本もすぐ翻訳されましたよね。でも、いまは違う。多分、「貧困化する」ってそういうことなんですよ。いまの日本を見ていると、国が衰退していっているのを見ている気がします。

──なるほど。

ブレイディみかこ そういうのがどんどん社会を苦しくしていっているんだろうなって気がします。「オルタナティブはない」とか、「この道しかない」と思い込まされることはつらい。本当はそんなわけないのに。
 特に若い人なんかは本当にお金がないじゃないですか。『THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本』(太田出版)の取材をしたときに驚きましたもん。こんなにたくさん希望を抱く余裕すら奪われた若者がいるのかって。
それで若い人たちは「道を踏み外してはいけない」「道を踏み外したら人生が終わってしまう」とギチギチになっているように感じます。
 そういったつらさから脱するためには、「こことは違う国には、全然違う人たちが住んでいて、全然違う考え方をしている」ということを紹介していかないとダメなんですよ。
 私がこういう本を書いているのも、そういう活動の一環と言えるのかもしれない。「なかなか海外の本が翻訳されないんだったら、私がはじめから日本語で書いてやるよ!」っていう。

未来は子どもたちの手の中にある

──本書を読んでいて驚いたのは、英国の中学校では「シティズンシップ・エデュケーション」という、政治や社会を批評的な眼差しで見ることを教える授業があることです。

ブレイディみかこ 息子の学校で実際に試験に出たものなんですけど、「ある教授が語った『いま、学校でレイシズムについて教え過ぎている』という意見について、賛成か? 反対か? 理由をつけて説明しなさい」という問題がありました。
これってけっこうすごい問題じゃないですか? 「先生を疑え」と教えているわけですし、それを先生自身が採点するというのもすごい。採点する側にもそれなりの度量がないとできないし、先生たちもそういう問題を出して生徒に答えさせることを楽しんでいる部分があると思うんですよね。

──そういう教育があると、日本社会ももう少し自由で生きやすいものになるのになと思います。

ブレイディみかこ 教育は大事ですよ。本当に社会を変えるには教育が大事です。
 子どもたちをあまり見くびってはいけないですよ。いまの社会のダメなところを直していくのは、いまの子どもたちかもしれないし。
 そもそも、大人が絶望ばかりしているのは、未来のある子どもたちに失礼です。

──それがこの本のテーマでもありますよね。

ブレイディみかこ この本だって書き方ひとつでいくらでもドロドロさせることもできたけれど、それをいま書いてどうするよっていう。私はもう絶望には飽きているので。
 子どもって呆れるほど鮮やかに成長するんですよ。そこが大人と違うところですよね。ひとつの考えに凝り固まっている大人こそが子どもたちから学ばなければならない。私も子どもたちから学んでいますから。だから、子どもたちから学んだことを伝えたくてこの本を書いたんです。
 イギリスは特にそうですけど、いまってものすごい時代の分岐点じゃないですか。そういうときって人間も変わっていかないと。どれだけ長く信じ込んできたことでも、時代に合わなくなった常識は捨てて、柔軟に対応していかなくてはいけない。
 そうなると、子どもたちが持つ、あのしなやかさから学ばないといけないことはたくさんあるはずなんですよね。

(取材、構成:編集部)

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