
「いきなり!ステーキ」店舗(画像はWikipediaより)
日本人にとって、“ステーキ=ごちそう”というイメージは根強い。しかし2013年12月、「ペッパーランチ」を運営するペッパーフードサービスが「いきなり!ステーキ」の展開を始めたことで、この国のステーキのあり方は一変したといってもいい。
「いきなり!ステーキ」は現在、国内477店舗(今年8月末時点)という規模にまで成長している。安価な立ち食いスタイルを採用(座席が用意されている店舗も多い)して、ステーキはグラム単位の量り売り。都心を中心として全国に出店ラッシュを起こし、特別な日のご馳走だったステーキを街中で気軽に楽しめるものへと昇華させた。
だが、そんな「いきなり!ステーキ」のブームにも陰りが見えてきている。今年8月に発表されたペッパーフードサービスの2019年6月期第2四半期決算によれば、「いきなり!ステーキ」の売上高は前年同期比28.6%増の302億100万円を記録したものの、セグメント利益は同26.6%減の16億8100万円に落ち込んだ。この減益の理由を、同社は「店舗同士の競合などによる既存店不振の影響」と分析しているが、果たして本当にそれだけなのだろうか。
実際、ステーキをカジュアルに食べられる店は相次いで登場している。具体的には、牛丼チェーン「松屋」を手がける松屋フーズホールディングスの新業態で、10月1日には東京・下北沢に2号店を出店した「ステーキ屋松」、名古屋に本店を構える「ステーキのあさくま」の新業態として昨年1月に誕生した「やっぱりあさくま」あたりがいい例だろう。
そう、ステーキ業界は今、新たな波が押し寄せるレッドオーシャンになりつつあるのだ。頭ひとつ抜きん出て、私たちの“新定番”となるのはどの店か。フードアナリストの重盛高雄氏に話を聞いた。

重盛 高雄(しげもり・たかお)/フードアナリスト
ファストフード、外食産業に精通したフードアナリスト。ニュース番組、雑誌などに多数出演。2017年には「The Economist」誌(英国)から、日本のファストフード業界についてのインタビューを受けるなど、活躍の場を世界に広げている。
フードアナリスト・プロモーション株式会社
「ステーキ屋松」“食事”としての価値は「いきなり」に圧勝?
「そもそも、なぜ『いきなり!ステーキ』が流行ったかというと、まずは立ち食いという提供スタイルの斬新さが挙げられます。ステーキは従来、かしこまった店で座って食べ、なおかつ値段も高いのが当たり前でした。しかし『いきなり!ステーキ』の場合は、店の側から庶民の目線に降りてきてくれたわけです。食べた量に応じてポイントが貯まる『肉マイレージカード』の存在もあり、一人でガッツリ食べたいという人への訴求力は絶大です。
そして、メニュー表における“1gあたり○円”という表現の仕方が巧みだったこと。例えば『リブロースステーキ』でしたら、実際には300g以上でないとオーダーできないシステムであるにも関わらず、1gあたり6.9円(税抜)といった表記を見ると、消費者は『お手頃だ』と“誤解”してしまうのです。
結局、『いきなり!ステーキ』で普通に食事すれば、何だかんだで2,000円近く、もしくはそれ以上かかりますし、決してすごくリーズナブルというわけではありません。また、肉を計量するときに端肉をたくさん使って調整しているのが客から丸見えだったり、油のハネがすごかったりするのも事実ですので、自分だけ満足できればいいのならともかく、恋人や友人を連れて行きにくい店であることは否めないでしょう。
客もだんだんと我に返り、『これだけのお金を払っているのに、どうして立って食べなければいけないのか』『同じ値段で、他にもっとおいしいものが食べられるのではないか』ということに気がついてしまった。それこそが、『いきなり!ステーキ』から客足が遠のいている原因だと私は考えています」(重盛氏)
続いては、「いきなり!ステーキ」と、新参の「ステーキ屋松」との違いを比較していきたい。
「ステーキ屋松」は、1号店の三鷹店(東京都武蔵野市)が今年3月にオープン。看板商品の「松ステーキ」には、「ミスジ」という牛の肩甲骨付近の部位が使われており、200gで1,000円(税込)という価格設定だ。おまけにサラダバーとスープバーもついており、当然のことながら座って食べられる。
重盛氏も「ステーキ屋松」を訪れてみたそうだが、どのような感想を抱いたのか。
「量で勝負している『いきなり!ステーキ』に対して、『ステーキ屋松』はクオリティ重視という印象を受けました。なおかつ、客へのホスピタリティを大事にしている感がありますね。
おそらく『いきなり!ステーキ』は、シチュエーションづくりの“演出”のため、あえて油のハネを強くしている部分もあると思うのですが、『ステーキ屋松』は、提供時に紙を被せることで油ハネを防いでいます。バターやマーガリンのようなトッピングも載っていないため、最後まで油ハネを気にすることなく、肉とじっくり向き合って食べることができました。
また、保温力に優れた溶岩石プレートを採用しているのも『いきなり!ステーキ』との差別化を図っている点ですし、サラダバーとスープバーも客の口と心、そして財布にやさしい。店で食事をしながら、いかに豊かな時間を過ごせるかという部分では、『ステーキ屋松』の環境づくりはお見事でしょう。
もともと『松屋』は、“牛丼御三家”のなかでも牛焼肉や牛カルビなどの焼き物メニューが得意ですから、そのノウハウを活かして、ステーキ業界でも先行していくかもしれません。店の出口に消臭スプレーが用意されているのも嬉しいところで、一人でふらっと肉を食べに行きたい“ステーキ女子”のような層にもリーチしていけそうですね」(重盛氏)
「やっぱりあさくま」東京進出は九段下から
続いては、こちらも2018年に誕生したばかりのステーキ店「やっぱりあさくま」にスポットを当てよう。
創業70年の歴史を持つ「ステーキのあさくま」は、全国に60店舗以上を構える。その新業態で“カジュアル・ファスト・ダイニング業態”と銘打った「やっぱりあさくま」は、現時点では九段下店(東京都千代田区)の1店舗のみ。メインメニューは絞り込まれており、300gで2,040円(税抜)の「リブロースステーキ」など全5種類だ。
価格帯は「いきなり!ステーキ」に似ている「やっぱりあさくま」だが、店内には席が設けられている。
「主業態である『ステーキのあさくま』の本拠地は名古屋ですし、『やっぱりあさくま』は、まだ東京の客層や味の好みをリサーチする実験段階だと思われます。そういう意味では、学生街でもありビジネス街でもある九段下に第1号店を出したのは、面白い取り組みだといえるのではないでしょうか。
私も九段下店に足を運んでみましたが、『ステーキ屋松』と同様、肉のクオリティでは健闘していました。鉄板の端にペレット(熱した鉄板)が備わっており、自分で加熱して仕上げをする“ひと手間”が残されていますので、ステーキを赤身のまま食べたい人、中まで火を通して食べたい人など、いろいろなニーズに対応できるのです。
ステーキについてくるコーンスープもすごく濃厚で、肉がしっかりしている分、舌休めにちょうどよかったですね。それと、私は『グラスワイン』(520円、税抜)の赤を頼んでみたのですが、肉の旨みを充分に感じられるよう、口内をリフレッシュする役割を十分に発揮していました。
ちなみに『やっぱりあさくま』は、『いきなり!ステーキ』とは対照的で、床が滑りにくかったことを覚えています。油で床が滑るというのは飲食店あるあるですが、清潔感を評価する人もいるでしょう」(重盛氏)
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