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「女」も「男」も超生きている。私たちが日々“抵抗”する理由/はらだ有彩×ひらりさトークイベント

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はらだ有彩著『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』(柏書房)/(左)「劇団雌猫」著『本業はオタクです。―シュミも楽しむあの人の仕事術』(中央公論新社)

 “抵抗”とは何か。

 テキストレーターのはらだ有彩さんは、8月に発売したエッセイ『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』(柏書房)にて、日本の神話や昔話に登場する女の子たちを独自の解釈で捉えなおしている。

 9月15日、同書の刊行を記念したトークイベントが行われた。ゲストには、はらだ有彩さんと交友が深い「劇団雌猫」のひらりささんが登場した。トークテーマは「抵抗する私たちの毎日」。
 
 はらださんが描いた昔話の女の子たちの“抵抗”は、現代を生きる私たちの生き方にもどこか通じるものがある――お二人のトークから見えてきた、私たちの“抵抗”について会場は盛り上がった。

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はらだ有彩

関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを手掛けるテキストレーター。2014年、デモニッシュな女の子のためのファッションブランド《mon.you.moyo》を開始。代表を務める。2018年に刊行した『日本のヤバイ女の子』(柏書房)が話題に。2019年8月に続編にあたる『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』を刊行。「リノスタ」に「帰りに牛乳買ってきて」、「Wezzy」にて「百女百様」、大和書房WEBに「女ともだち」を連載。

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ひらりさ

1989年東京生まれ。ライター・編集者。平成元年生まれの女性4人によるサークル「劇団雌猫」メンバー。劇団雌猫の編著に、『浪費図鑑 悪友たちのないしょ話』(小学館)、『だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査』(柏書房)、『本業はオタクです。 シュミも楽しむあの人の仕事術』(中央公論新社)など。 ひらりさ名義として「FRaU」にて「平成女子の「お金の話」」、「マイナビウーマン」にて「#コスメ垢の履歴書」を連載。

私たちは「超生きて」いる

はらだ:昨年発売した『日本のヤバい女の子』(柏書房)は、『古事記』『日本書紀』のイザナミノミコトや『竹取物語』のかぐや姫、『浦島太郎伝説』の乙姫、落語『皿屋敷』のお菊など、神話や昔話に出てくる女の子たちを現代を生きている私が友達のように勝手に捉えなおす、という本でした。新刊の『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』は、その続編にあたる本です。

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『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』の帯イラスト

ひらりさ:これ(上記写真)は、『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』の帯にも使われているイラストですよね。なぜ「静かなる抵抗」というタイトルをつけたんですか?

はらだ:前作では、「殺す」「人間やめる」「いなくなる」とか、世の中のルールを飛び越える、不可能ともいえる方法で目の前の問題を解決しちゃう昔話の女の子たちを取り上げました。その刊行記念トークイベントを大阪で開いた時、ある参加者の方から「こういう女の子がいたことを知って勇気づけられたし、すっきりもしました! でも、私は明日からどうしたらいいですかね?」という質問があって。

ひらりさ:確かに私たちは人を殺せないし、人間もやめられないですもんね(笑)。

はらだ:せいぜいイヤなやつを本の角で物理的に殴るくらいしか役に立てない。明日からも生きていかないといけないし、どうしたらいいんだろうと思って。昔話の女の子たちを見て、理不尽を感じた時には怒ってもいいんだって気づくことが前巻の立ち位置だったとしたら、じゃあ怒った後はどうしたらいいのか、自分だったらどう怒ったり、 “抵抗”したりするのかなと考えたんです。

ひらりさ:連載の時点で“抵抗”というテーマを考えていたんですか?

はらだ:いえ、連載の時は書き散らかしていました。取り上げたお話の中にはキレ散らかしている女の子もいるし、一見するとパッシブ(受動的)な行動を取っている女の子もいるけど、一人ひとりを見ていくと全員が“抵抗”している、と解釈できるんじゃないかなと思って。

ひらりさ:それにしては、昔話の「辰子姫伝説」から『とりかえばや』まで、ちゃんと流れのあるラインナップだなと思いました。「静かなる」というのも良いです。

はらだ: ちなみに、私自身はすぐにキレる方なんですよ、2秒くらいで。キレたエピソード、話してもいいですか?

(会場、頷く)

はらだ:昔、ある会社に勤めていた頃の話です。朝8時半くらいに出勤していると、スーッと横づけしてきた車の窓が開いて、オジサンが「お姉ちゃん、オメコしようや」って言ってきたんです。その時、私は「お前舐めてんのか」ってキレて。「お前今うちのこと舐めとったやろ? 舐めとったから声かけたんやろ?」ってもうギャンギャンにキレたら、オジサンはシュンってなっちゃって発車したんですけど、その先の信号で追いついちゃって、私がそこでもう一度キレたという(笑)。結局逃げられちゃったんですけど。こんな感じで、私は日々“キレ瞬発力”を鍛えています。

ひらりさ:キレの朝練をしてしまったんですね(笑)。

はらだ:欲を言えばちゃんとナンバーを控えて通報できればよかったんですけど。とはいえ、すぐにキレたり、反応したりするのが苦手な人もいると思うんです。分かりやすく暴れたり、叫んだりしていなくても、必ずしもその人がその状況を受け入れているとは限らない。黙っていても怒っていることはあると思って、今回は「静かなる抵抗」というテーマをつけました。……すごく長い説明になっちゃいましたね。

ひらりさ:いや、すごく大事なことです。この、帯にある「超生きる」というフレーズはいつ思い浮かんだんですか?

はらだ:これは、執筆していて最後の方に浮かんできました。“抵抗”っていうと、大抵はワンアクションあってからのレスポンスのことを指すじゃないですか。ただ、何はなくとも、何をしていなくても、何もできなかったとしても、生きているよな、と思って出てきた言葉です。

ひらりさ:キレて、美しくなくても、生きていていいわけですからね。

はらだ:実際に、たった今この瞬間も、私たち、生きてますからね。「劇団雌猫」が描いているオタク女子たちの生き様も、「超生きて」いますよね。

ひらりさ:生の記録ですね。『静かなる抵抗』でいいなと思ったのは、章ごとにガールズトークパートがあるところです。

はらだ:今回は章ごとに4コマ漫画をつけました。辛い毎日を送っていても、ちょっとふざけることはあると思うのですが、そんな様子を入れたくて。

ひらりさ:表紙は一冊目と同じ色合いのテイストにしようと思ったんですか?

はらだ:一冊目の時は、装丁デザイナーさんに「ピンクの箔はどうですか?」って提案いただいたんです。すごく綺麗な色だったんですけど、“女の子についての本=ピンク”という意味づけができてしまったらいやだなって思って。“女の子=ピンク”というフェーズはもう終わったよ、という意味であえてピンクを使うのもありかなと思ったんですけど、当時はまだ「女の子だから」という意味が勝ってしまうのではないかと判断して、血潮がたぎっているぜ、みたいな感じで赤の箔にしたんです。

 今年はそろそろピンクもいけるのでは、と思ったんですけど、悪い意味でまだそこまで至っていないような気もするし、また血が煮えたぎっているという意味合いをつけて二冊目も赤い箔にしました。コントロールすることによって作為的になるかもしれないんですけど、全部に意味があるようにしたいなと。

泣きわめいたり叫んだりしない“抵抗”のやり方

はらだ:泣きわめいたり、叫んだりすることだけが“抵抗”ではないということで、私が取り上げた昔話の中から「これも抵抗では?」と思ったエピソードを選んできました。まず一人目は、昔話の『鬼を拝んだおばあさん』から。

ひらりさ:鬼を“推し”ているおばあさんですか?

はらだ:おばあさんは鬼が超好きで、みんなが「神様、仏様」と拝んでいる時も、「鬼様、鬼様」と拝み続けてつつがなく生涯を終えたんですが、そのせいで地獄に落ちてしまったんです。地獄では、閻魔大王様も「この人、全然神を拝まずに鬼を拝んでいたらしいですよ」と知って、そりゃないでしょうと。というわけでおばあさんは刑を受けることになるんですが、地獄には鬼がめっちゃいるわけですよ。おばあさんは「ヤバい! 鬼めっちゃいる!」って地獄でハッスルします。もう、好きなバンドの打ち上げに参加できたバンギャみたいなノリで。

 そうすると、鬼もまんざらではないわけで、おばあさんの刑を軽くしてくれたんですね。釜茹での刑だけど、お湯の温度が40℃くらいになったりして。おばあさんが地獄でハッピーライフを送り続けていると、閻魔大王も困り果ててしまって、結局は天国行きになったというお話です。つまり、おばあさんはすごくハッピーに過ごしていただけで、実は“抵抗”していた、という。オタクの鑑ですよね。

ひらりさ:はらださんとしては、おばあさんが鬼を拝んでいたというだけで地獄に落とされたことを怒っていましたよね。

はらだ:後半はギャグっぽいんですけど、このおばあさんは危うく釜茹でにされるところだったんですよ。鬼を推していただけで。私たちだって、例えば好きな俳優さんを推している間はすごく幸せじゃないですか。それを外から否定されるのって、変な話だよなあと思います。

ひらりさ:おばあさんは、ある意味で天国に行けたのかな。推してる鬼に会えたわけで。

はらだ:二人目は、『万葉集』にも出てくる松浦佐用姫(まつらさよひめ)です。佐用姫は現在の佐賀県唐津市に住んでいた女の子で、新羅(現在の韓国)に出征する前に町に立ち寄った大伴狭手彦(おおとものさでひこ)という男性と出会って恋仲になります。大伴狭手彦の出征の日が来ても佐用姫は「行かないでほしい」と思うんですが、やはり船出の日は来て、狭手彦は行ってしまいます。

 その時、佐用姫は鏡山の上から領巾(ヒレ)という布を振り続けて、砂浜まで走って船を引き留めようとしたんですけど、彼女が砂浜に着いた頃にはもう船は影も形も見えなくて。その砂浜で佐用姫は1週間も泣き続けて、石になってしまうんです。その石は、今も唐津市呼子町の沖にある加部の神社に祭られています。

 最初にこの話を聞いた時、私は佐用姫の“石になる”という行動にパッシブな印象を受けてしまって。無理やり船を沈めるとか、二人で逃げるとか、もっと他に方法があったのでは、と思ったんです。

 でも、現在も加部島の神社にその石があるということは、佐用姫は今もここにいる、ということなんですよね。政治とか社会とか、自分ではどうしようもない要素によって大切なものを奪われたのにも関わらず、その世界から消えずにずっと居続けるって、ものすごく根性やエネルギーがあることだなと思い直しまして。大きな声は出せないとしても、怒りを表明していることには変わりないわけです。本全体を通して見ても、実は佐用姫が一番“抵抗”しているんじゃないかとも思っています。

ひらりさ:一見すると抵抗は見えなくても、佐用姫は自分なりの方法で抵抗をしているんですね。私も、小さい抵抗から始められそうな気がします。

はらだ:怒るのが苦手な人にとって、佐用姫の姿は希望になるんじゃないかなあと。

ひらりさ:私はあまり怒らないというか、ヘラヘラしちゃう方なんですけど、乗り気にならない時は顔から表情を消すことで生きています。

はらだ:それも一種の“抵抗”ですよね。

ひらりさ:相手に“賛同しない”というのも大事だなと思っています。例えばTwitterでは、何かが起きた時に意見しないと賛成しているように見えてしまうから、何か言わないといけないって風潮があると思うんですけど、黙っていてもそれを支持していないことは当然ありますよね。もちろん、口に出すという労力を使ってもいいんですけど、だからといって「何も言わない」ことが「何もしていない」ということにはならないと思います。

はらだ:賛同できない時は一緒に盛り上がらないという“抵抗”も大切ですね。

人に伝わるかどうかじゃなくて、自分の心が強くなれるか

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お二人が舐められないためにやっていることは……

ひらりさ:今日のはらださんの服は、“シスターフッド”(※)柄なんですよね。これはどこで買ったんですか?

(※)シスターフッド=もとはウーマン・リブ運動の中でよく使われた言葉で、女性解放という大きな目標を持つ女性同士の連帯のことを指す

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二人の女性が描かれたはらださんのワンピース

はらだ:これは行きつけの古着屋さんで買いました。大きな女の子と小さな女の子が描かれていて、シスターフッドっぽいなと思って。

ひらりさ:私は陰キャなので、シスターフッドがギリ苦手なところがあって。直接知ってる人としか連帯できないし、知ってる人とも別に合わない部分はあるからなあと尻込みしてしまう。はらださんが描かれた表紙のイラストは、女の子同士が目を合わせていないのが信頼できるなと。寄り添いすぎないシスターフッドをしているのがいいなと思います。

はらだ:女同士だからといって、必ずしも仲良くなれるというわけではないんですよね。大学時代のある日、カナダから来た留学生・クリス(仮名)が怒っていて、その理由を聞いたら「ギリシャ人の留学生を『二人とも外国人だから』というだけの理由で紹介されたんだけど、留学生同士だからって手放しで仲良くなれるとは思わないでほしい」って。

ひらりさ: カナダとギリシャは全然違うし、気候も北海道と沖縄くらい違いますよね。

はらだ:余談ですが、そのギリシャから来た留学生、めっちゃ嫌な奴だったんですよ(笑)。国とか関係なく、個人の人間性が! 私はその留学生に無理やり無償奉仕をさせられて、泣きながら「クリスは彼女と友達にならなくて正解だったんだ……」と思いました(笑)。

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牡蠣とレモン柄のひらりささんのシャツ

はらだ:ひらりささんのシャツは何柄ですか?

ひらりさ:牡蠣とレモンです。私は牡蠣のシャツのつもりで買ったんですけど、会社に着て行ったら「レモン柄のシャツかわいいね!」と言われて、確かにレモンの方が目立つなあと。

 私はこういうデザインが好きだから着ているのですが、変な柄のシャツを着ていることで人から舐められないという効用もありますね。
 
 前に、美容ライター長田杏奈さんの著書『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)の刊行記念イベントに出席した時も「舐められないようにしたいよね」という話題になったんですが、「劇団雌猫」メンバーのもぐもぐさんは「サングラスをかけると良いよ」と言っていて、確かにそれはいいなと思いました。服装とか髪型とか他の要素を変えなくても、サングラスをしているだけでなんか強そうに見えますよね。もぐもぐさんは単純に日差しが嫌だからサングラスをしていたわけですが、舐められないという副産物に気づいたそうです。

はらだ:私は舐められないために前髪を絶対に切らないようにしています。

ひらりさ:舐められないために? よく分からないから解説してください(笑)。

はらだ:「山姫」という妖怪がいまして。地域によって少し異なるんですけど、地面に届くほど長い髪を垂らした女が山の中で笑いかけてきて、笑い返した人は死ぬという話なんです。山姫の髪が地面まで長く垂れているという要素が、人間社会のルールに従っていない、人間にはコントロールできない強い力をありありと感じさせるんですよ。髪を整えないで伸びるままにしているという山姫のマインドがすごく伝わってくる。

 山姫を引用して説明してもなかなか伝わりづらいんですが(笑)、私自身としては“こんなに毛が伸びるほど私の時間は存在していて、しかもこんなに伸びるまで、前髪のことじゃなくて別のことをずっと考えていたんですよ”という主張のために前髪を伸ばしているんです。前髪を放置するほど何かに夢中になっていた時間を見せつける、みたいな。

ひらりさ:人に伝わるかどうかじゃなくて、自分の心が強くなれるというのも大事だと思います。私も髪にインナーカラーを入れていて、他人からはほとんど見えないけど、自分の気持ちが強くなるなと。

 もちろん、女子がいわゆる“男ウケ”や“量産型”といわれる服装をしているからといって舐められることはおかしいわけですが、世間の型にハマらない格好をすることで、強くなれるみたいなこともあるなって思います。

フェミニズムを「男VS女」にしないさじ加減

 トークショーも後半に差し掛かると、参加者から募ったアンケートの質問にはらださんとひらりささんがコメントするコーナーがあった。

質問➀
<最近気になるのは、「女女」ばかり言っていると、女尊男卑というか、女のマッチョイズムになるような気がしていて危うさを感じます。お二人はその辺どう思いますか?
 性別ではなく、個人個人を見るのが理想だとは思うのですが……「男VS女」になることは決して望ましくないですが、さじ加減が難しいなと思います>

ひらりさ:私は以前、ムカつく男性のことを「オジサン」と呼んでいたのですが、今はその言葉はあまり使わない方がいいなと思っています。「オジサン」と言うと、相手が年を取っていることにフォーカスされてしまうけど、そこには「無礼な年上の男性」がいるだけのことなんですよね。私も、まだついうっかり使ってしまうことがあるんですけど……。

はらだ:ああ……私も冒頭のキレたエピソードで「オジサン」って言っちゃいました…。

ひらりさ:ムカつくことをしてきた人を指す言葉としては正しいと思うんです。ただ、漠然と「オジサン」って括ってしまうと、年を取っている男性すべてが悪人みたいになっちゃうなと思って。その時にフォーカスしてほしいのは、相手の行為にムカついたことなので、そこは意識していきたいなと思います。

 あとは、女性への「ブス」よりも、男性への「ハゲ」「キモい」の方がカジュアルに使われちゃってると思うので、それは良くないなと思いますし、気をつけないといけないと思います。

はらだ:「ギャグだからいいでしょ? 笑えるでしょ?」と、なぜか全く見直されることなく使われてしまっているのが現状ですよね。「男VS女」になりがちなことについては、どう思いますか?

ひらりさ:私は女性なので、当事者として女性の話をしがちですけど、男性も、もっと男性の生きづらさの話をしてもいいとは思います。ただ、男性の生きづらさをインターネットで発信している人は、女性を攻撃するために使っている人が多いように感じていて、そういう人とは分かり合えないなと。男性の生きづらさをロジカルに話せる人ほど、言えない、言わないでいるというイメージがあります。

 以前、知り合いの男性から「男は男の生きづらさに向き合うのが、まだしんどい」みたいな話をされたことがあって。普段はロジカルに話せていても、自分のことになると記憶がなくなっちゃうタイプの男性は結構いるんじゃないかなと思っています。

はらだ:自分が酷い目に遭ったことを発信するためには、自分が酷い目に遭ったことを認識しなければならない。それは負担の大きいことですよね。

ひらりさ:これは男女差なのか、それとも社会的な理由なのかは分からないですが、男性は自分が受けた酷い仕打ちに気づかないとか、忘れるとか、そういう対処を取っているようにも感じます。はらださんは『日本のヤバい女の子』というタイトルで女性の生きづらさを描いているわけですが、男性作者が『日本のヤバい男の子』という本を出してもいいと思う。

はらだ:それは読みたい。男と女で二分する必要もないんですけど、私自身、女性ゆえに引き起こされる物事にエンカウントする確率の方が高いので、男性よりも女性に関することの方が、やや体感ベースの話をしやすいんです。男の子として受ける現象は体感していないことが多いので、『日本のヤバい男の子』は男性の作者さんに書いてほしいなあと思います。

ムダ毛を剃っている自分の葛藤

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はらださん

質問②
<最近気になるのは、毛です。女性の身体に生える毛も男性性のイメージとされることが多いですが、そのイメージ自体が現代にそぐわない気がします。
 あと、首から下の毛があると“男感”があるとされている一方で、髪の毛だけはたっぷりと豊かで長い方が“女感”があるとされますよね。いつの時代もずっとそうなってきているのが不思議です>

はらだ:私もイラストを描くときは髪に気をつけています。物語の時系列に合わせて写実的な装いを描くときは、当時の衣装や、当時の長い髪を参考にしますが、自由なイラストの時は、短髪の人やスキンヘッドの人を描いたりして多様性を意識しています。質問者さんの言う通り、髪ってなんとなく象徴的に扱われているじゃないですか。ボーっとしていると、それに乗っかっちゃうなと思っていて。

ひらりさ:美容のトークイベントに出演したときも、「脱毛するべきか、どうか」と悩んでいる参加者さんがいました。私自身は全身脱毛をしている最中なんですけど、確かに「毛がない方が美しい」と商業的に煽られたままそれに乗っかっていいのか、と悩む気持ちも理解できます。

はらだ:この間、フェミニストの友達から「フェミニストであることと、美容を愛してしまうことの気持ちが相反してるんだけど、どうしたらいいと思う?」と相談されて。これまで自由意志だと思っていたことでも、もしかしたらそう思わされているかもしれない、と悩む気持ちは分かります。でも、だからといってすでに自分が良いと思ってしまっているものを無理に嫌う必要はないんじゃないかな、という話をしました。思ってしまっている、というのは過失ではなく現在完了の方です。良いと思い終えた、その心の動きを責める必要はない。

ひらりさ:質問者さんの疑問に話を戻すと、たとえばムダ毛は嫌だけど髪の毛は美しいと思ってしまっている自分に対して、矛盾やストレスを感じる女性もいるのかも知れませんよね。ただ、飲み屋でお酌を要求してくる「オジサン」然り、私たちはこれまで超正しい価値観の中で育ってきたわけじゃないし、すべてを変えることはできないと思うんです。その部分は折り合いをつけていく感じでもいいと思います。

 私の基準としては、飲み屋でお酌を強要する「オジサン」は、周囲の人に嫌な思いをさせる加害をしているから「オジサン」。それで言うと、体毛に関しては、周りの友達に全身脱毛を強要するというなら良くないですけど、そうじゃないなら自分の既存の価値観を受け入れるのも大事なんじゃないかな。社会における正しさや思想に準ずるように頑張るよりも、自分がどういう状態が楽なのかをまずは重視してもいいんじゃないかなと。

はらだ:脱毛も化粧もなんですけど、最近、ある対策を思いついたんです。「女らしい」じゃなくて、「女っぽい」って言葉を使う作戦。女性誌ではよく「女らしいシルエット」とか「女らしい色」ってコピーがつけられていますけど、私はそういう表現が嫌いだったんです。「女らしい」には“善”の概念が混じっていて、価値観を強要されている感じがあるので、代わりにただ単に永らく女性的だと思われてきたものを引用して「っぽい」という言葉をつけたらいいんじゃないかなと思います。「今日はいわゆる『女っぽい』とされてきたイメージを引用する気分」みたいな。

ひらりさ:ムダ毛を剃っている自分が社会に迎合しているように思えて、嫌な気分になることもあると思います。その時、どっちが正しいかって考えると難しいですよね。解決方法としては、いろんな人に話してみるのが大事かなと思います。今日のアンケートは全部は取り上げられていないのですが、皆さんが考えていることを言葉にしてもらったと思うので、それを周りの人と話して、いろいろな案を出し合うのも“抵抗”かなと思います。私にも、はらださんにも、答えを出せないことがたくさんあるんですよね。

はらだ:多分、答えを出せないまま死んでいくこともあると思います、寿命が尽きて。人生のどこかの段階で折り合いをつけようと思うこともあるかも知れないし、社会が変わって全く問題じゃなくなることもあるかも知れないし。

ひらりさ:自分の悩みを発信することは、多くの人にとってとても勇気がいることだと思いますが、周囲の人からすれば同じ悩みをもっている人がいるというだけで元気になれる部分もあるので、悩みを発信するだけでも“抵抗”になるんじゃないかと思います。

はらだ:色々な人の物語、ケーススタディーを見ているだけでも、周囲の人にとっては救われるみたいなことってありますよね。

ひらりさ:『日本のヤバい女の子』を読んでいても、昔話や神話の中に自分と似たような女の子がいたって知れるので安心できます。3冊目の『ヤバい女の子』も出ると思って、楽しみにしています!

(構成/雪代すみれ)

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