男女が同じように組織で働くのが当然となっていながら、未だに職場における男女格差はなくなっていない。株式会社マクロミルの調査によれば、「日本社会で男女格差が大きいところ」として、「管理職の登用」「職場での役割」「給与水準」などが上位に上がったという。
社会の構造的な問題もさることながら、私たちが持っている無意識の偏見“アンコンシャス・バイアス”についても考える必要がある。アンコンシャス・バイアスは誰もが有しており、無意識のうちに性差別的な振る舞いを取ってしまうことがあるのだ。
では、アンコンシャス・バイアスとはどういうものか。数々の企業コンサルティングに取り組んできた株式会社ソフィアで広報を務める岡田耶万葉氏にアンコンシャス・バイアスの事例を伺った。
岡田耶万葉(おかだやまは)
アシスタントディレクター/エディター/広報。2016年株式会社ソフィア入社。社内報等コーポレートメディアのコンテンツ企画・編集・ライティングを中心に、インターナルコミュニケーションの支援を行うとともに、広報を兼任。2019年、学生時代の演劇経験を活かし、アンコンシャス・バイアスをテーマにした参加型ワークショップ「REVERSE」を開発。
頑張っても顰蹙を買う女性社員
性別や人種、年齢について私たちは無意識なバイアス(偏見)を持って他者を見ている。職場において「●●だからこれをやって」、あるいは「●●だからこれはやらなくていいよ」と、気遣いのつもりで声をかけたとしても、それが良い意味を持たない場合がある。相手をしっかり見ているのではなく、相手の属性に基づいてその言葉をかけてしまっている場合だ。
岡田氏は、「とある企業に所属していた女性社員」の経験についてまず話してくれた。
岡田氏「彼女は、とても前向きに仕事に取り組んでいたのですが、その働きぶりを見た上司から『どうせ女性は出世できないんだから、そんなに頑張らなくてもいいよ』と言われたそうです。しかし彼女はその時の悔しさをバネにより一層仕事に邁進して、ようやく周囲からも認められ始めました。すると今度は、男性の同僚から『女のくせに自分よりも出世するなよ』とひがまれ、関係が悪化したというのです」
「頑張ったところで出世できない」とやる気を削がれ、発奮して成果を出せば疎まれ、だからと言って「どうせ出世できないのだから」と淡々と仕事をこなしていると「気楽でいいね」と言われるのだという。こうした“女性だから”のバイアスに悩まされ、どう仕事と向き合って良いかわからなくなってしまう女性社員は少なくないそうだ。
こうした声をかけてくるのは、男性社員に限らず先輩となる女性社員も同様。また、“女性が活躍する”ということをポジティブに捉える場合でも、「女性ならでは」の視点や気づきを求め「女性らしいしなやかな活躍」を理想とするようでは、それもまた強いバイアスがかかっていると言える。
また前述のように、アンコンシャス・バイアスは性別に関するものだけではない。権威ある人物の発言を「この人が言うのだから間違いない」と思い込んでしまうアンコンシャス・バイアス“権威バイアス”によって、職場を混乱させるケースもあるという。
岡田氏「ある会社では、社長が従業員とコミュニケーションを取るために、積極的に現場を回っていました。その社長が従業員の働きぶりを見て、『〇〇を△△にしてはどうか?』と何気なく提案したところ、従業員たちは即座に対応、緊急会議が開かれ、作業がストップしてしまったということがありました。
ここで問題なのが、社長はデータなどを分析のうえ戦略として『△△すれば良くなる!』と言ったわけではなく、なんとなく口にしただけだった、ということです。その発言をいちいち鵜呑みにしてしまい、業務に支障が出るケースは、権威バイアスが強く働いてしまっているといえるでしょう」
上記ケースはそうではないにしろ、権威者の発言を下の立場の人間が“脅し”や“命令”と捉えることは少なくない。これはパワーハラスメントの発生にも関係しているだろう。
「今どきの若者は受け身」という思い込み
マイナスな情報があるのにもかかわらず、過去の意思決定に惑わされ、適切な判断を下せなくなるアンコンシャス・バイアスを「コミットメントのエスカレーション」という。これによって業務改善が遅れ、負のループに陥る企業は後を絶たない。
岡田氏「明らかに効果が無く、むしろ生産性を押し下げているような社内制度はどこにでもあります。しかし過去に作られた制度を見直そう・廃止しようと話し合っても、『この制度を止めると、当時の部長の意思決定を翻すことになる』という意見が出て停滞、業務改善が一向に進まないのです。
それに加えて、上層部からは『何か生産性が上がる新しい制度を考えろ』という指示が飛びます。ある会社では効果のない制度が残ったまま、新しい制度がどんどん増えてしまい、現場は制度に振り回されてパンク寸前になっていました」
アンコンシャス・バイアスの根強い職場は、生産性が著しく低下し、ハラスメントが起きやすくなる傾向があることも指摘する。
岡田氏「これも一つの事例ですが、モーレツ社員的な気質のある40代のAさんは、部下に対して『今どきの若者は受け身』というアンコンシャス・バイアスを持っていました。Aさんは部下に期待せず、あらゆる業務を一人で残業しながらやっていました。
その結果、Aさんばかりが仕事をするので『Aさんは疲弊してしまう』『部下は全く成長しない』という悪循環が起こり、Aさんのいる部署は全く生産性が上がらなかったのです」
話はこれだけで終わらない。Aさんの部下たちもまた、Aさんに対して「Aさんの価値観は古い」と否定的な見方をしており、Aさんのあらゆる言動をハラスメントに感じてしまうという展開になったのだ。
Aさんから若い部下への偏見。そして若い部下たちからAさんへの偏見。いずれも、目の前の相手と対等に話し合い、コミュニケーションを取っていれば解消できたものかもしれない。
岡田氏「しかし双方に持っているアンコンシャス・バイアスゆえ、コミュニケーションに消極的になっていました。これではチームの連携は乱れ、本来持っている組織の力を十分発揮できません」
アンコンシャス・バイアスは無意識の偏見。これを完全に取り払うことは難しい。自分は善良な人間で性別や年齢で人を差別などしないと思っていても、そうではないのだ。相手のことをよく知りもしないのに「あの人はこうだ」と決めつけてしまうことは、誰にでもあるだろう。
そのうえで岡田氏は、上司と部下、男性と女性といった垣根なく、「今の発言はおかしいのでは?」「それは誤解がある」等、日常的に意見し合える場を作ることを提言する。
たとえば……
- 会議の場で、あえて苦手に感じている人の意見に耳を傾けてみる
- 部下を「ダメな奴だ」と叱る前に、「本当にダメな奴なのか?」と考えてみる
- 女性社員に、大型案件を任せたいと素直に相談してみる
そしてお互いに自分の思考や行動に疑問を持ち、小さなことから変える努力(習慣化)をすることが大切だ。
誰にでも偏見があり、自分自身も偏見を持っている。疑問を向けられたとき、「自分を否定された」などと極端な思い込みに走ったり、逆切れするような態度をとったりせず、「自分たちは無意識に偏見を持っている」という前提を忘れないようにしたい。指摘を受けたらまず、自身の発言やその言葉に結びついている内面の価値観を見直すことが重要だと言える。