「退職代行業者」が注目を集めている。会社を辞めたいが引き止められる、あるいは妨害されて転職ができないなどのトラブルを避けるため、本人に代わって会社に退職の連絡をしてくれる業者だ。
エン・ジャパン株式会社が20代~40代の女性を対象に実施した調査によると、退職時に経験した苦労やトラブルの最多は「会社・上司からの引き止め」(36%)だった。退職代行業者に一定のニーズがあるのも頷ける。
しかし退職代行業者に依頼すれば平和に仕事を辞めることができるのかといえば、そうではないらしい。連合東京(日本労働組合総連合会東京都連合会)で書記長を務める今野衛氏が9月末、自身のツイッターに投稿した“告発”が大きな注目を集めた。
<埼玉で退職代行業者のトラブルが続いている。成功率100%と言って29000円をとるのに、会社が「退職を認めない」と言い張ると依頼者には知らぬ存ぜぬを決め込むらしい。最後には「連合の無料労働相談ダイヤルに相談して!」と言われるらしい。退職代行は非弁行為だから無理なんだよ!>
埼玉で退職代行業者のトラブルが続いている。
成功率100%と言って29000円をとるのに、会社が「退職を認めない」と言い張ると依頼者には知らぬ存ぜぬを決め込むらしい。
最後には「連合の無料労働相談ダイヤルに相談して!」と言われるらしい。
退職代行は非弁行為だから無理なんだよ!
— Konno Mamoru (@funkykong555) 2019年9月30日
「成功率100%」を謳っているにもかかわらず、失敗しても責任を取らない。これでは何のための退職代行業者かわからない。今野氏に退職代行業者に関するトラブルについて話を伺った。
今野衛
連合ユニオン東京書記長。1993年4月に連合東京入局。労働者の相談活動に従事し団体交渉に這いずり回る。2001年12月連合に東京の個人でも加入できる連合ユニオン東京の書記長に就任。企業の追い出し部屋事件を数多く摘発し、労働移動支援助成金の不正受給問題も摘発した。
退職代行業者は弁護士ではないため何もできない
今野氏の元には日々、労働にまつわるさまざまな相談が寄せられる。その中に、「退職代行業者を利用したのに離職できず、会社側から嫌がらせを受けるようになった」というものが増えているという。退職代行サービス業者の申し入れを会社側が受け入れず、当該社員に給与を支払わない、離職票や健康保険の資格喪失書類などを送らない、という嫌がらせに出るというのだ。
今野氏「退職を認めない会社側は、『本人が直接社長に退職届を提出することになっている』『仕事の引継ぎをしないと認めない』『労働者が損害を発生させたからその弁償問題を決着させろ』といった主張をします。これらの主張は会社側の無茶苦茶な言いがかりなのですが、会社側にこういったことを言われると退職代行業者はなす術がないのです」
なぜなら、退職代行業者は弁護士ではないからだ。退職を認めない会社と交渉をすると、弁護士法72条『非弁活動』(弁護士以外の者が報酬を得る目的で法律事件を取り扱ってはならないと規定する法律)に違反してしまうのである。
今野氏「最近では、『退職代行業者が行っているサービスは非弁活動である』として、弁護士以外の退職代行の電話を断る会社も増えてきています。それはそうですよね。退職代行業者は『依頼者に退職方法をアドバイスすること』『退職意思をそのまま会社に伝えること』くらいしかできないのですから。つまり、これ以外の交渉は依頼者本人がやらなければならないのです。にもかかわらず、一件につき3~5万円という暴利をむさぼっているのが、退職代行業者の実態です」
退職代行業者のホームページを見ると、『即日退職OK』『すべて丸投げOK』『退職成功率100%』と刺激的な言葉が並ぶ。そのため、依頼者は自分が何もしなくても退職代行業者がすべての対処をし、会社も必要書類を整えてくれるものと勘違いしてしまうが、実際にはそううまくはいかないのだ。
今野氏「会社側が退職を認めないと主張し、すべてを拒否すると、退職代行はなんら打つ手がないのです。宙ぶらりんにされた依頼者が退職代行業者に抗議して返金を求めても、『当社はやるべきことはすべてしましたので返金はしません』『あとは労働団体の無料相談に電話を』と無責任に放逐されてしまうことは珍しくありません」
退職代行業者に特別なノウハウはない
連合東京では無料の労働相談ダイヤルを設けており、退職を認めない会社に関する相談を受けつけている。
今野氏は『退職できずに困っている』という相談を受けた際、基本的には会社との無用なトラブルを避けるため、『引き継ぎ期間を確保してから有給消化期間に入ったほうが良い』とアドバイスしているという。
今野氏「これは社会人としての最低限のマナーではないかと思うのです。『自分で手続きを行うのが面倒くさい』『上司に指導されたことに納得いかなくて明日から会社に行きたくない』『自分は対人関係が苦手だから丸投げでお願いしたい』……そうした安易な考え方をしてしまう人がいることも事実です。労使紛争を抱える現場で運動をしている身からすると、当然会社側にも言い分はあり、テレビゲームをリセットするように簡単にはいきません」
しかし、中には長時間残業を強いられ、パワハラ・セクハラを受け、精神疾患寸前の状況に追い込まれている人からの相談もある。退職を申し出ても『損害賠を償請求するぞ』と脅されるなど、困り果てている人もいる。
今野氏「そういったケースは引き継ぎ云々の次元ではないため、できるだけ早く退職できるようサポートしています。これは私たちの労働組合だけではなく、相談ダイヤルを設定している労働組合はどこでも同じアドバイスをしているはずです。東京都労働情報センターなどの行政機関でも同様です。
ですから、退職代行業者がしている『依頼者に退職方法をアドバイスすること』は、特別なノウハウでもなんでもないのです。退職は正当な手続きを踏めば100%できますし、簡単なことなのです」
退職手続きの正式な手順・トラブル時の対処法
では、退職の正当な手続きとはどういうものか。その正式な手順を伺った。
- 1.退職届を提出
- 1カ月前に退職を申し出ることと就業規則で定めている会社も多いが、民法627条1項において、退職の2週間前までに会社に対して退職することを伝えれば良いことになっている。
- 就業規則よりも民法が優先されるため、2週間前に退職を申し出れば退職できる。もちろんこの2週間のすべてを有給休暇にあてることもできる。
- 2.有給休暇取得申請書を提出
- 今野氏は、有給休暇を完全取得したのちに退職することを勧める。
- 3.残業代金の未払い分があればその請求書も提出
- 残業代金は2年間に遡り請求できる。ただし、タイムレコーダーの記録やパソコンのログ記録など、就労していたことが分かる証拠が必要。エクセル表などに毎日の残業時間と請求金額を計算し、根拠を添えて会社に請求する。
- 4.健康保険証や会社貸与器物の返却
- 今野氏曰く、「正当な退職手続きをとったとしても嫌がらせをしてくる会社は少なくないです。そのケースでの対処法もご紹介します」。
会社側がそれでも退職を認めず嫌がらせをしてくる場合の対処法もある。
- ・給料や退職金、残業代金を支払ってこない場合
- 会社が給料や退職金を支払わない場合、まずは会社に請求書を出す。こちらの指定期日までに支払わない場合は、労働基準監督署に未払いで労働基準法違反の違反を申告する。労働基準監督署はすぐに対応してくれる。
- ・離職票の発行手続きをしてくれない場合
- 会社が離職票の発行手続きをしてくれない場合は、ハローワークに相談すると良い。ハローワークから会社に指導をする。
- ・健康保険資格喪失証明書、源泉徴収票、雇用保険被保険者証
- 会社がこういった書類を発行してくれない場合も、所管官庁に申し出ればすぐに対応してくれる。
どうしても自分で退職できない場合は弁護士に相談を
退職代行業者は非弁活動になることを回避するため、労働組合を設立したが、今野氏はこの労働組合は認められるものではないと指摘する。
今野氏「労働組合法2条では『労働組合とは、労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善、その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体をいう』と規定しています。退職代行だけを行う会社からなる労働組合が、労働組合として認められるとは思えないのです。
会社側に立つ弁護士も同じように捉えている人が多く、退職代行会社の労働組合から団体交渉の申し入れがあっても、会社は『労働組合としては認められない』として団体交渉拒否をすることも考えられます。この場合、またもや依頼者は宙ぶらりんの状態に置かれます」
会社に団体交渉を拒否された場合、東京都労働委員会へ不当労働行為の救済申し立てをすることになる。申立書を作成するにも手間がかかり、不当労働行為の審査には長い時間がかかる。今野氏は「退職代行業者にそんなスキルはない。結局、すぐに退職したい依頼者を待たせることになってしまう」と懸念する。
今野氏「退職行為は基本的に、退職したい人自身が自分で行うものと考えます。それでもどうしてもそれができない状況の人がいるのも事実です。その場合は業者ではなく、退職代行を請け負っている弁護士にお願いすべきでしょう」
■連合東京の相談ダイヤル:0120-154-052
http://www.rengo-tokyo.gr.jp/html/faq/