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くら寿司の「新卒年収1000万円」で集まる“優秀な人材”とは?

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くら寿司の店舗(画像はWikipediaより)

 回転ずしチェーン大手の「くら寿司」は2020年春の新卒採用で大きな注目を集めた。入社1年目から年収1000万円の幹部候補生を大々的に募集したのだ。

 9月30日までエントリーを受け付けていたくら寿司の「エグゼクティブ新卒採用」では、26歳以下という年齢制限や、TOEIC800点以上、簿記3級以上などの資格を条件にして人材を募った。

 くら寿司の「エグゼクティブ新卒採用」で入社すると1年目の年収は1000万円で、2年目以降は実績を基に1年ごとに給与額を見直すという。最大10人の採用を予定しており、海外展開を見据えてグローバルに活躍できる人材を確保する目論見だったようだ。

 くら寿司が新卒採用としても飲食業界としても破格の「年収1000万円」を掲げるに至ったのは、業界の人材不足が要因のひとつと考えられるだろう。昨今、飲食業界の人手不足が嘆かれて久しいが、それはアルバイトやパートに限ったことではない。飲食業界は、新卒採用のシーンにおいても、他業界に比べて“稼げない”と学生にそっぽを向かれてしまうことも多く、厳しい状態に置かれていたからだ。

 とはいえ、くら寿司の「新卒年収1000万円」という新たなチャレンジは、一種の“劇薬”――または“苦肉の策”のようにも思える。この取り組みは外食業界ひいては日本の雇用環境にどのような影響を与えるのだろうか。企業や組織における人事の専門家で、ユニティ・サポート代表の小笠原隆夫氏にお話を伺った。

小笠原 隆夫(おがさわら・たかお)
人事コンサルタント、経営士。ユニティ・サポート代表、BIP株式会社取締役副会長。IT企業で開発SE職に従事した後、同社にて採用活動や人事制度の構築・運用を担当。2007年にユニティ・サポートを設立し、代表となって以降は、人事の専門家としてさまざまな企業のコンサルティングに携わる。著書に『リーダーは“空気”をつくれ!』(星雲社)がある。
「会社と社員を円満につなげる人事の話/ユニティ・サポート小笠原隆夫」

「優秀な人材」=東大、早慶の学生?

 世間の度肝を抜いたくら寿司の「新卒年収1000万円」だったが、小笠原氏は「この取り組みは、今のやり方のままではあまり上手くいかないのではないかと思います」と疑問視。では、その問題点はどこにあるのだろうか。

「今回の『エグゼクティブ新卒採用』について、くら寿司の田中邦彦社長は『東洋経済オンライン』でインタビューを受けています。記事によれば、田中社長は<募集を始めて2週間で、170人ほどのエントリーがあった。そのほとんどが早慶や東大の学生だった>として、<多くの優秀な人から応募があったと聞いている>と話されていました。

 しかし、これはそもそもくら寿司が『優秀な人材』をどのように定義しているのか、という点が疑問です。“偏差値上位校の学生=優秀”という単純な考えであるようにも感じられてしまうからです。

 今回の採用で、世間一般に言う『優秀な人材』は集められるかもしれませんが、それは果たしてくら寿司にこそ必要な人材なのかどうか。自社にとっての『優秀な人材』像が、まだ明確になっていないのではないかと感じます」(小笠原氏)

 新卒採用の時点で「優秀な人材」を確保することができたとしても、それで万事上手く行くというわけでもない。

「どれだけ能力のある学生を新卒で採用しても、その人がしっかりと活躍できるような環境作りや教育を行わなければなりません。例えば、MBA(経営学修士)ホルダーのような『優秀な人材』でさえ、中小の町工場ではその真価を発揮することができず、まったく活躍できなかったというような話があります。

 くら寿司の場合でも、採用した人材を活かせるような環境作りの面で工夫をして労力を費やさなければ、これと同じようなことが起こってしまうのではないでしょうか」(小笠原氏)

デキる社員は会社を出ていく

 くら寿司の取り組みについては、一部で「採用された学生が、数年後には年収1000万円の資金を元手に起業したり、転職したりしてしまうのではないか」という懸念が囁かれていた。

 前出の東洋経済オンラインの記事においても、田中邦彦社長は<そういうリスクはある。ただ、定着するかどうかは、入ってみないとわからない。一定数は定着してくれるのではないかという淡い期待は持っている>と語っていたが……。

「私の個人的な意見ですが、人材の流出は起こると考えていたほうがいい……というか、絶対にそうなると思います。ただし、これはくら寿司に限定した話ではありません。
 
 今の時代、本当に『優秀な人材』ならば、ひとつの会社に在籍し続けるほうが特殊でしょう。会社で成長した人たちが外に出ていった時、どうしたら関係を結び続けていられるか、ビジネスとしてつながっていられるかということを考えるべきです。もし人材が抜けてしまうこと自体を問題視するようであれば、こういう取り組みはやるだけ無駄ではないでしょうか」(小笠原氏)

 くら寿司の新たな取り組みは、日本企業の採用や雇用の今後へどのような影響を与えるのだろうか。

「最近では、NECも新卒で年収1000万円を得られる人事制度を作ったことで話題になっていました。ただし、こちらは研究職や技術者が基本です。

 業界に限らず、特別待遇の人材募集というのは、これからも出てくるとは思います。そしてNECのように、研究者や技術者といった専門分野に特化した人材への特別待遇ということであれば、それなりのパフォーマンスが見込めますし、他の社員も納得の上で受け入れるでしょう。

 ですが、くら寿司のような外食業界では、優秀な社員が一人だけいても、目に見えて業績が上がるということはまず考え難いです。なので、本人がどのようなパフォーマンスを発揮するかが大きな問題となります。今後、特別待遇を受けている社員にそれ相応の価値があるということを、社員自身や企業が証明していくことが必要になるでしょう。


 そもそも日本には社内における個人のパフォーマンスに即した待遇格差を受け入れるような文化がまだ広まっていません。良くも悪くも『みんな平等』を良しとしているところがあります。現状の一般的な日本企業の評価基準の仕組みを鑑みれば、特定の社員の特別待遇は既存社員の不満を助長してしまう可能性も大きいと感じます。


 こうした部分をどう変えていけるかによって、くら寿司のような採用や雇用の形態が増えていくのか、それともあまり浸透しないのかが決まっていくのではないでしょうか」(小笠原氏)

 くら寿司の「エグゼクティブ新卒採用」は奏功するのか。同社の動向を注視していきたい。

(文・取材=後藤拓也[A4studio])

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