「俺はこのまま刑務所から出たくない」――性犯罪加害者と社会復帰

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左=斉藤章佳さん/右=上谷さくらさん

 8月、都内で行われたトークイベント<性犯罪をなくすための対話 第8回「刑務所に入った性犯罪者のその後は?」>では、3人の登壇者によるディスカッションが行われた。

 「榎本クリニック」(東京都豊島区)で性犯罪や性暴力の加害者臨床に取り組む斉藤章佳さん、「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」事務次長で弁護士の上谷さくらさん、性犯罪の被害者支援に携わる臨床心理士の齋藤梓さんが、それぞれの観点から、性犯罪加害者・被害者の治療に必要なことや、矯正施設内で実施されている性犯罪再犯防止指導(以下、R3プログラム)の問題点をトークした。

 イベントの一部内容を紹介する。

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被害者臨床と加害者臨床のジレンマ

上谷さくらさん:ある受講者にインタビューをした時、服役中に性加害を起こした人を集めて、月1回は被害者のことを考える機会があってもいいのではないか、という提案があったんです。

斉藤章佳さん:治療初期の、リスクマネジメントの土台ができていない段階で責任性を追求すると、その人の再犯リスクが上がるのではないかというエビデンス(臨床結果)があります。
 現在、当クリニックでは性被害当事者の方に来ていただいて、その生の声を加害者側に届けるという取り組みをしているのですが、皆さんの反応はいいです。こういうプログラムを受けたかったという感想が多いです。このような機会がなければ、加害者にとっての加害はその瞬間瞬間で終わるものであり、被害者にとってはその影響が生涯にわたって続くものであるということを知り得ないんですね。加害者が被害者のことに想像が及ばないのは、防衛的な心理機制もありますが、被害者のその後を知らないこともその要因だと考えています。
 こうした取り組みは、治療のどの段階で導入するかの判断が難しいのですが、非常に有効ではないかと思っています。

齋藤梓さん:性犯罪以外の交通の事件などでは、ご遺族の話を聞くというようなことを取り組みとしてしていると思うんですけれど、性犯罪とその他の犯罪では違うということですか?

斉藤章佳さん:被害者への理解を深めることそのものが再犯リスクを上げるわけではなくて、基礎や土台ができていない段階で本人への行為責任をプログラムの中心に扱っていくことは、つまり責任追求型のプログラムでは、逆に再犯リスクを高めるという海外のエビデンスがあるということなんです。

齋藤梓さん:それは、私も理解できます。様々なスキルが身についていない段階で被害者のことを考えるのは精神的に追い詰められるので、再犯リスクを上げるというのは想像がつきます。そうであるならば、加害者が、自分は何をしたのか、そしてどういう影響を被害者に与えたのか、更生プロセスの最後の段階で取り上げられるといいなと思います。

上谷さくらさん:R3プログラムを受ける前に裁判があるため、特に自分の犯行を認めている場合だと、私は加害者に対し、被害者にはどういうふうに謝罪するか、どのように反省していくのか、これからどう生きてくのかという質問をしますし、被害者の代理人としてかなりキツいことを言うこともあります。これは、再犯防止や更生といった面ではマイナスになるのでしょうか?

斉藤章佳さん:全て同じ結果になるとは限らないですが、少なくともクリニックに来ている彼らは常習性が非常に高い人たちなので、裁判のタイミングで責任を追及することが再犯防止につながるかといえば、私はほとんど効果がないと思っています。つまりお決まりの「反省」のパフォーマンスを引き出す結果になります。
 変化のプロセスを見ている中では、自分がやった加害行為の責任に向き合える姿勢ができるまでにはそれなりの期間が必要だなと感じています。

 まずはR3プログラムを受けてちゃんと土台を作り、行動が変容することで、連動して認知の歪みが変わっていきます。そして次に、認知の歪みへアプローチをしてしっかりとした土台をつくることで、被害者への謝罪や行為責任に向き合っていく姿勢ができます。
 現在、当クリニックには長期にわたって通われている方が増えてきていますが、最低3年ぐらいかけてその準備ができるなという実感があります。ですから、おそらく裁判の段階ではその場を切り抜けるための防衛機制のみが働いて、謝罪の弁を述べて反省したところで、再犯防止という観点ではあまり効果がないのではないか、というのが私の実感なんです。

上谷さくらさん:今の話を聞くと、私の立場では非常に悩ましいですよね。私は被害者の代理人なので、やはり被害者の回復を一番に考えたいですし、被害者の代わりに怒って、被害者が言えなかった気持ちを言ってあげたいのです。
 被害者は、被害によって自己肯定感が非常に低くなっていて、弁護士が自分のために一生懸命言ってくれた、というのが回復にもプラスになると思うので、複雑な思いです。

齋藤梓さん:被害者は、加害者についてできれば考えたくない、自分の生活に関わってほしくないという場合も多いです。そうすると、加害者が刑務所に入った後のことは分からないですし、加害者を見るのは裁判が最後になります。なので、被害者が上谷先生による加害者への厳しい言葉を望むことも分かります。被害者支援の立場としては、被害者の心情を尊重することが第一で、被害者の感情を置き去りにできません。再犯防止の観点からの裁判という話になると、被害者の心情が置き去りにされるのではと、いつもモヤモヤするところです。

初めての痴漢から逮捕まで平均8年

上谷さくらさん:痴漢や盗撮は略式処分(自分が罪を認めていることを条件に、罰金を払う代わりに裁判をしないこと)が多いものなんですが、罰金が軽いんです。東京都の条例では痴漢が50万円以下、盗撮は100万円以下となっています。ただ、初犯や2回目くらいでは、上限よりかなり低い金額になります。あと、お金がある人にとっては全く痛手になりませんよね。痴漢や盗撮は捕まるまでに非常に時間がかかっていますが、この人たちにもR3プログラムがリーチしていないですよね。

斉藤章佳さん:クリニックの調査では、初めての問題行動から治療につながるまでに痴漢は8年、盗撮は7.2年、ペドフィリア(小児性愛障害)は14年かかると言う結果でした。これは、盗撮400例、痴漢800例、小児性犯罪120例をヒアリングして出た平均値です。その間にも、多くの被害者を出しているわけです。
 ある方が言っていましたけれども、痴漢や盗撮といった常習性の高い性犯罪に関しては、刑務所とは別の枠組みで、刑務作業ではなく再犯防止を重視したその人たち専門のプログラムを作ってもいいんじゃないかと。そうしないと、迷惑行為防止条例違反レベルで受刑した人はR3プログラムを受ける機会がない人がいるのが現状ですから。結局、性加害を繰り返して、刑務所を出入りすることになってしまいかねません。痴漢や盗撮は常習性の高い人たちが多いので、この人たちが受けられるような制度も必要だと思います。

再犯を繰り返さないために大事なのは、人と顔がつながること

 あるペドフィリアのR3プログラム受講者は、出所に際して斉藤章佳さんにこう言ったという。

「俺はこのまま刑務所から出たくない。また小さい子を襲ってしまうのを分かってるから。出来ればずっと刑務所にいたい」

斉藤章佳さん:インタビューした人の中にはご家族の支えがある人もいて、それがライフラインになっていました。ただ、この人は性犯罪を繰り返す中で社会とのつながりを自ら断ってきていて、全く何の支えもありません。なので、刑務所の方が安全なわけです。
 こういう満期出所でハイリスクな方々が一定層いるのですが、刑期が終われば刑務所を出ないといけない。出所すると困難に直面して、そのストレスをこれまでのコーピングである性加害によって解決しようとしてしまうんです。

上谷さくらさん:私が実際に経験した事件で、服役中にR3プログラムを受け、被害者に与えた影響や自分のストレス発散方法を学び、出所後もストレスが溜まると自分なりに発散していたという人がいました。けれど、それを一人でやっていることの寂しさの方がストレスになってしまって、また性犯罪をやってしまったと。
 R3プログラムで経験したことを外で実践しようとしたら、それが逆にストレスになってしまったと言うんです。出所後に人と繋がってないことは、再犯の原因になるんじゃないかなと思いました。

齋藤梓さん:別のある受講者が出所した後に、「自分を追い込んでしまった元凶は何だと思うか?」と聞いたところ、「自分ができないなら他の人に手伝ってもらうとか、相談して解決するとか、関係を作っていければよかった」という回答が得られました。
 この方は介護がストレスだったということで、「(出所後の)今は地域の取り組みがある。もし、当時にも地域のつながりがあったら自分は犯罪には至らなかったかもしれないと思うことが、今でもある」と答えました。もちろん、どのようなストレスがあったからといって性犯罪を犯すことは許されませんが、そういった一定のパターンをもっている加害者は多いです。

 他人を頼ってはいけない、弱いことは恥ずかしいという価値観から袋小路にはまっていくので、人を頼ったり、相談したりというコーピングを身につけて、一人で抱え込まなくてもよいような社会への再統合支援があれば、性犯罪がなくなることにもつながっていくのかなと思います。

斉藤章佳さん:矯正施設内処遇(R3)から社会内処遇(保護観察所のプログラム)へ、そして地域トリートメント(通院治療)から社会内再統合支援(就労支援など)へと、連続性のある制度と制度、人と人、顔と顔がつながれる連携を根気よく作っていきたいと思います。

(構成:雪代すみれ)

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