社会

神戸教員暴行・加害者らの謝罪文から見る「無自覚」と教師としての資質

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「Getty Images」より

 神戸市立東須磨小学校で起きた教師間の暴言・暴行事件が連日メディアを賑わせている。10月16日に同校で開かれた保護者説明会で加害教師4人の謝罪コメントが読み上げられが、その内容の的外れぶりは想像を絶するものだった。謝罪コメントは以下の通り。

30代男性教員A

<ここまで被害教員を大切に育ててこられたご家族の皆さま、このたびはこのようなあってはならない事態を引き起こしてしまい、大変申し訳ありません。ご家族の皆さまには直接お会いして、謝罪の辞を述べさせていただきたいと思います。

 東須磨小の保護者の皆さま、そして子どもたちに、おわびをしなければいけません。いけないことを教える立場の私が、加害者となり、混乱と不安を与えてしまうことになってしまいました。信頼を裏切ることになってしまったことを、深くおわびしたいと思います。本当に申し訳ありませんでした。>

30 代男性教員B

<自分自身の相手への配慮に欠ける言動や、軽はずみな言動に、最低な人間だと実感しました。一社会人として、人間として、恥ずべきことと考えています。もし、許されるのであれば、被害教員やご家族に直接、誠心誠意、謝罪したいと思います。

 東須磨小の児童、保護者の皆さん、自分の身勝手な言動で、たくさんの迷惑をおかけしました。この事案を機に自分の在り方をしっかりと見直し、自分の言動に対して猛省を続けたいと思います。本当に申し訳ありませんでした。>

30代男性教員C

<相手のことを思いやらずに、自分勝手な行動で相手を傷つけたことを反省しています。被害教員をはじめ、私の行動で嫌な思いを先生方にさせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 東須磨小の子どもたちや保護者の皆さんには、申し訳ない気持ちです。私の犯した行為は、許されることではありません。東須磨小の子どもたちは、素直な明るい子どもたちなので、そこを伸ばしてほしいと願っています。ただ、私の行為はその成長の邪魔をしてしまったと思っています。>

40代女性教員

<子どもたちに対しては、こんな形になって申し訳ないです。子どもたちを精いっぱい愛してきたつもりですが、他の職員を傷つけることになり、子どもたちの前に出られなくなり、申し訳ありません。私の行動で、迷惑をかけてしまったことに対して、本当に申し訳ないと思っています。

 被害教員に対しては、ただ申し訳ないというしかありません。被害教員のご家族に画像を見せられ、入院までしている事実と、苦しんでいる事実を知りました。本当にそれまでは、被害教員には自分の思いがあって接していたつもりです。自分の行動が間違っていることに気付かず、彼が苦しんでいる姿を見ることは、かわいがってきただけに本当につらいです。どうなっているのかと、ずっと思っています。>

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 印象的なのが、4人共「子どもたち」という言葉を多用していることだ。確かに子どもたちに与えた精神的ダメージに配慮すべきではあるが、被害教師への謝罪を第一に持って来てはいない。

 「バカ」「アホ」などの暴言を浴びせる侮辱行為、コピー用紙の芯で尻を叩く暴力行為、羽交い締めにして激辛カレーを食わせる動画、そして10月17日の週刊文春の報道で、後輩の男女教師に性行為を強要していたことまでも発覚している。逮捕されてもおかしくない犯罪行為を繰り返していたにもかかわらず、これらのコメントを見る限りでは、自覚が薄いようだ。

 彼らの暴力的な行為はいずれも、「配慮に欠ける」「軽はずみ」「思いやりが足りない」「嫌な思いをさせた」という範疇のものとは到底言えない。

 30代男性教員Aは「いけないことを教える立場の私が」と記しているが、「いけないことをいけないと教える立場」が適切な表現だろう。30代男性教員Cは「相手のことを思いやらずに」としているが、加害教師がした仕打ちは思いやりが欠けた行為の枠を大きく逸脱している。

 そして、主犯格であり“女帝”と称されている40代女性教員のコメントは常軌を逸している。「被害教員には自分の思いがあって接していたつもり」「自分の行動が間違っていることに気付かず、彼が苦しんでいる姿を見ることは、かわいがってきただけに本当につらい」などというコメントに至っては、もはや理解が及ばない。

 加害教員らは小学校教師として子供たちに勉強や社会ルールを指導していたはずだ。これまでの報道と謝罪文を見る限り、彼らに教師としての資質が全くないことは明らかであり、二度と教壇に立つべき人物たちではないだろう。

過労死ラインで働く教師が3割という実態

 今回の事件で、恐るべき人格の教師たちが教鞭をとっていたことが明らかになり、戦慄した保護者は多いだろう。しかし教師の“質”については今後も低下が懸念されている。文部科学省の「平成30年度の公立学校教員採用試験の実施状況」を見ると、受験者総数は前年度に比較して5401人(3.3%)減少。一方で採用者総数は前年度に比較して1024人(3.2%)増加している。競争倍率は前年度の5.2倍よりも微減の4.9倍だった。さらに、学校種別で競争倍率が低い都道府県を見ると、1位は新潟県(1.8倍)、2位は福岡県(1.9倍)、3位は長崎県(2.0倍)と、受験者の2人に1人が教師として採用される地域も出てきている。

 質を確保するためにはある程度の競争率が必要だ。人手不足が叫ばれて久しく、若い世代の人口減も受験者総数減少に影響しているだろうが、同時に、長時間労働をはじめとする教育現場の厳しい労働環境も、教師という仕事が敬遠される一因になっているといえるだろう。

 教員養成の高度化支援システムを構築するHATOプロジェクトの調査によれば、高校生に「学校の先生」の仕事に対するイメージを聞いたところ、「子供のためになる」(90.7%)を抑えて「忙しい仕事」(94.1%)という回答が最多だった。教師はやりがいある仕事と認識していても、殺人的な忙しさであり自身の生活を犠牲にする可能性があることは、広く認識されている。

 実際に、日本労働組合総連合会が全国の公立学校に務める教師に実施した調査によれば、平日の学校内での総労働時間が「60時間~65時間未満」(19.4%)、「65時間~70時間未満」(3.5%)、「70時間以上」(6.8%)と過労死ライン(週60時間以上)で働く教師が3割もいた。このブラックな働き方を改善することなしに、教育を受ける子どもたちの環境をより良いものにすることは出来ないのではないか。

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