社会

最低賃金を上げれば「中小企業の生産性向上」「地方の活性化」につながるか

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「Getty Images」より

 10月から最低賃金が全国平均901円に引き上げられた。最低賃金は毎年3%ずつ引き上げられており、東京都や神奈川県では1000円の大台に到達。微増ではあるが労働者の待遇改善が進められている。

 しかしまだ十分とは言えない。サントリーホールディングス株式会社の社長で経済財政諮問会議民間議員も務める新浪剛史氏は、今年5月に開かれた経済財政諮問会議にて、最低賃金の引き上げを3%ではなく5%を目指すべきだと提案している。

 この主張は、菅義偉官房長官の共感を呼んだが、中小企業の人件費負担を考慮する世耕弘成経済産業相からは3%程度に留めるべきだと反論された。

 10月11日の『深層NEWS』(BS日テレ)に出演した新浪氏は、最低賃金の5%引き上げを提案した理由について、「最低賃金は政府が意思決定できるもの。それを活用してサービス産業を中心に中小企業の生産性を上げるべき」と説明した。最低賃金が上がれば人件費も増す。企業が本格的に労働生産性の向上に取り組むことを促す狙いがあるようだ。

 実際、日本のサービス産業の労働生産性の低さは問題視されてきた。日本生産性本部の「産業別労働生産性水準(2015年)の国際比較」によれば、アメリカを100とした場合の日本のサービス産業の労働生産性は50.7%だった。同じ時間働いてもアメリカの半分ほどしか付加価値を生み出せていないことになる。

 また、会社の規模によって労働生産性は大きく変わってくる。財務省の「法人企業統計年報」を見ると、2016年の従業員一人当たり付加価値額は「大手企業非製造業」(1327万円)、「中小企業非製造業」(554万円)と倍以上の開きがあった。新浪氏の言うように、サービス産業を中心に中小企業の生産性を上げることに注力する必要があるだろう。

 さて、新浪氏は企業目線での最低賃金引き上げの必要性を説いているが、労働者側の生活を鑑みても、最低賃金の上昇は急務といえる。

 日本自治体労働組合総連合は、25歳独身男性が月に必要な費用は税・社会保険料込みで約22万円~24万円と試算し、「健康で文化的なくらし」をするためには、最低賃金が全国どこでも時間額1300~1500円以上必要になると主張している。

 経済財政諮問会議では3%か5%の引き上げで揉めていたようだが、現在の最低賃金は全国平均901円。悠長なことを言っている余裕は、今の日本にない。この調査結果を踏まえた上で、大胆な最低賃金引き上げの議論をするべきだ。

中小企業向けの助成金は使い勝手が悪い

 しかし、世耕経済産業相が指摘したように最低賃金の引き上げは中小企業に大きな負担になる。この懸念に新浪氏は「諮問会議で『5%上げましょう』と提案しただけでなく、『中小企業向けの助成金をもっと活用できるようにすべきだ』と言った」と説明。現在の助成金は使い勝手が悪く、「申請をするのがすごく大変」なのだという。「本来であれば、商工会議所が指導していかなければいけない」と、中小企業が助成金を受け取りやすい環境を整備すべきだと提言した。

 大阪商工会議所が中小企業を対象に実施した調査によると、「補助金・助成金を活用したことがない」と回答した企業は5割超え(53.7%)で、活用する上での障害として「手続き・申請書が煩雑で、自社で対応できない」(37.7%)が最多だった。

 「そもそも情報がない」(32.9%)、「受給要件が厳しい」(28.1%)、「申請から受給まで時間がかかる」(16.0%)と続く。新浪氏が指摘した“使い勝手の悪さ”は確かなようだ。活用のハードルを取り除き、最低賃金引き上げに前向きな企業を増やしていくことが求められる。

 だがここでひとつ疑問がある。助成金目当ての悪徳企業かどうかを見極めるための手段として、地方銀行が適切にコンサルティングすれば良い、という主張には筆者は同意できない。

 新浪氏は「銀行が目利きできるかは大きな問題がある」と課題に触れつつも、「銀行はネットワークを持っているから、『自分はわからないけどこの人に聞いたらわかる』ってことなんです」と地方銀行の持つ人脈を活用すれば、様々なケースに対応できると説明している。さすがに地方銀行にその判断を委ねることは難しく、このあたりの議論も経済財政諮問会議で深堀りすべきだろう。

賃金格差が無くなれば地方に人材はとどまるか

 『深層NEWS』では、日本は優れた中小企業が多くあるにもかかわらず、優秀な人材が大手企業に集中してしまうことの問題点も俎上にのせられた。全国一律で最低賃金を引き上げれば優秀な人材が流動化し、地方経済が活性化する見込みが語られたのだ。新浪氏は「海外が日本企業に投資しないのは、人材の流動性が低いから。ただ、私が昔勤めていた企業では、若い人がドンドン辞めてベンチャー企業などに転職していて、良いサインだなと思いました」と変化しつつある状況を喜ぶ。

 現在、最低賃金が最も高い東京都(1013円)と最も低い鹿児島県(787円)と200円以上の差がある。労働政策研究・研修機構の「地方における雇用創出―人材還流の可能性を探る―」では、賃金に対する満足度は「都市部から離れた地域(都市圏に属さない地域)」のほうが「三大都市園(東京、大阪、名古屋、神戸を中心とする都市圏地域)」よりも低かった。最低賃金の格差が地方の人材流出に大きく影響している以上、見直されるべき問題点だろう。

とはいえ、最低賃金を全国一律にすれば優秀な人材が地方にとどまるのだろうか。

 同調査によると「都市部から離れた地域」の求人は、医療業、福祉業、小売業、建設業などが中心で、就職先に乏しいことが人材流出の一因になっている。生活環境についても、「暮らしやすい地域である」「魅力のある地域である」といった設問では、「都市部から離れた地域」よりも「三大都市園」のほうが高い。地方の人材流出は、単純に、最低賃金の地域差だけの問題ではないのだ。

 ただ、最低限の生活を送るためには、少なくとも時給1500円が必要という試算もある。人材流出を防ぐという目的はさておき、最低賃金の引き上げが不可避であることは間違いないのだ。

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