社会

凄惨事件の遺体をスマホで撮りたい、見てみたいという「娯楽」

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「GettyImages」より

 10月2日、新宿駅で盲目の男性が列車と接触し、死亡する事故が起きた。このとき問題となったのが、ブルーシートのすき間からスマホを差し込み撮影行為に及んだ野次馬たちの行動だ。

 たまりかねた駅員による「お客さまのモラルに問います。スマホでの撮影はご遠慮ください」との構内アナウンスは反響を呼び、”異例の放送”としてTwitterでトレンド入りする事態になった。

「どんな気持ちで撮影してるんだろう?」

「自分の家族や友人が事故に遭って同じように撮影されたらどう思うのか。恥を知ったほうがいい」

「もう何年も前からこんなことが起きている。今さら驚かない」

 様々な意見が飛び交った。確かに、もう何年も前から、私たちはこうした状況に陥っている。

マスコミが死体写真を嬉々として撮っていた時代

 スマホの登場で、いつでもどこでも気軽に撮影できる社会となった。それをSNSにアップして「いいね」をもらい、承認欲求を満たす。それを目的とする人も多いだろう。ただその思いが加速すると、より過激な、よりきわどい写真を追い求めて被写体を探すようになる。

 今年5月には複数の凄惨な事件が発生した。大阪梅田でビルから飛び降りた女性の写真や動画がネット上で拡散され、問題となった。神奈川県の登戸駅付近で発生し、学園法人カリタス学園のカリタス小学校に通う児童やその保護者16人が襲われて2名がなくなった事件でも、通行人がスマホを向ける姿をテレビ番組のカメラが映していた。新宿区のマンションでホストを刺した女性が血まみれで喫煙する様子を収めた写真は、広く拡散された。

 承認欲求が度を超したからなのか、モラルを忘れてしまったのか、とにかく人として超えてはならない一線がどこにあるのかの見極めもつかなくなっている人はあちこちに一定数いるらしい。

 しかし、そうした写真や動画が拡散されるということは、「その写真を見てみたい」という願望をひそかに抱える人が大勢いることになる。列車にひかれた被害者の写真、ビルの屋上からの飛び降り写真をSNSにアップすれば、間違いなく多くのアクセスが見込めて注目される。そんな計算もあるからこそ、彼らはシャッターチャンスを狙っているのである。

 今でこそ、主要メディアで過激な写真、映像が出回ることはなくなったが、1980年代は写真週刊誌の間で競うように過激な写真が掲載され、テレビも今では信じられないような衝撃的な映像を流したりした。

 写真週刊誌でいえば、1985年の日本航空機墜落事故での遺体撮影、1986年の岡田有希子さん飛び降り自殺現場の撮影などがそうだ。テレビでは、ある投資会社社長が暴漢に刺殺される映像が堂々とお茶の間に流れるなどした。

 当時でも遺体をカラー写真で掲載した写真週刊誌には多くの批判が集まった。その一方で雑誌の売り上げは伸びた。人間はモラルなき行為を嫌悪するが、同時に人の不幸や残酷な場面を見たい欲望を抱える生きものでもあるのだ。

ギロチン処刑の「楽しさ」

 他人の不幸や残酷な現場が興味をそそる対象である事実は、歴史が証明するところである。その昔、残酷な刑罰を公開して人々の娯楽にする歴史が人類にはあった。フランスを中心に広くヨーロッパで行われたギロチンはその典型といえるだろう。

 ギロチンはフランスの医師・アントワーヌ・ルイが発案、ドイツ人技術者のトビアス・シュミットの手によって生み出された。それまでフランスでは、受刑者が苦しむことを目的とする火あぶりの刑や四つ裂き刑などが主流だった。受刑者をいたずらに苦しませるのは人道主義的な観点からよくないとする意見がフランスの医師・ジョゼフ・イニャース・ギヨタンによって出され、ギロチンの開発に至ったとされる。

 ルイ16世、マリーアントワネットなど、数多くの権力者を葬り去ってきたこの「人類に幸福をもたらす機械」(シュミット)が、もっとも猛威を振るった時代がフランス革命期である。この間、政権交代が起こるたびに前政権の閣僚や支持者が逮捕され、多くが処刑台へ運ばれた。死刑となればギロチンによる斬首が待つのみである。悪の限りを尽くしてきた権力者たちの悲壮な最後をみて、多くの市民は溜飲を下げたという。

 現代からみればギロチンによる斬首は残酷そのものだが、当時の感覚は違った。どちらかといえば受刑者が苦痛を感じずに死ねる、人道的な機械という認識だったのだ。フランスでは中世よりジャンヌ・ダルクの火刑や魔女狩りなどを一般公開とするのが習慣で、残酷性が薄れたギロチンは娯楽として楽しめる要素が強まったのかもしれない。

 フランスでは、1939年までギロチンによる処刑が一般公開されていた。貴族階級や政治犯の首が飛ぶ場面見たさに庶民が殺到し、処刑の日は常にお祭り騒ぎだったという。処刑される対象が、自分たちよりはるかに身分が高く、上流階級の暮らしを謳歌していたことも、庶民たちの盛り上がりに火を点けた一因とされる。フランス国民にとって娯楽となったギロチンは、玩具としても売り出され、子どもたちにも大変な人気を呼んだらしい。

 ギロチンは、「人の不幸をみてみたい」「気に入らないやつが苦しむところを拝んでみたい」といった、人間の残酷な欲望をむき出しにさせる凶器でもあった。

 権力者の首をはねる執行器具として機能しながら、庶民の娯楽として消費され続けたギロチンは、1978年まで死刑方法として活用された。やがてフランスでは死刑そのものが野蛮であるとして、1981年に死刑廃止となった。

 今は18世紀ではない。日本もフランス同様に成熟した民主主義国家のはずである。もちろんギロチンもなければ公開処刑もない。それを楽しむ民衆もいない、はずだ。しかし21世紀の今、民衆による“公開処刑”や“私刑”、制裁が次々と起こっているのも事実だ。

 茨城県常磐道で、あおり運転の男が被害者を殴った暴行事件では、同乗者の女性がスマホで暴力シーンを撮影していたことが物議を呼んだ。そして、撮影していた女性の犯人探しが始まり、SNSで誤って関係ない女性の名前が拡散するという事態を招いた。神戸の東須磨小学校では、教員による暴行の様子が撮影され、公表された。ネットではまた犯人探し(実名特定)に躍起になっている。

 ギロチンの公開処刑は、そもそも“正義”と“人道”を前提としたものだった。SNS隆盛の現代は、人の不幸や残酷なシーンを広く拡散しようと思えば、いくらでもできる時代だ。そこには“正義”や“人道”を大義名分とした撮影や拡散もあるかもしれない。しかし、それは同時にギロチンの全盛期に存在した、「人の不幸をみてみたい」「気に入らないやつが苦しむところを拝んでみたい」といった、我々の歪んだ願望を覆い隠す建前でしかないのかもしれない。

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