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2017年の夏、静岡駅前で下着姿になった女性が公然わいせつ罪の疑いで現行犯逮捕された。「わいせつ」=「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義に反するもの」という、いわゆる「わいせつ性の三原則」に基づいてのことだそうだ。この件は「全裸ではなく下着を着用しているのに、公然わいせつ罪にあたるのか」「わいせつの定義が曖昧ではないか」「水着ならどうなんだ」と物議を醸した。わいせつ性についての曖昧な定義は、遡れば1951年に『チャタレイ夫人の恋人』が出版され物議をかもした際に最高裁判所が下した判決の影響を受けている。
価値観が時代や社会によって移り変わっていくのは当然として、なぜか多くの場合、下着はわいせつ、卑猥、エロ、タブーと結び付けられる。この結びつきは案外強固で、「芸術か、わいせつか!?」といった論争の際にも「どうやってその『エロいもの』を芸術に昇華するかだよね」と、さらっと前提を検証しないまま流されていくこともしばしばだ。
工場やアトリエで縫い合わされる前、下着はレモン型や台形に切り取られた布片といくつかのパーツにすぎない。しかしひとたび縫製されて身体に沿う立体になった途端、下着は多くの意味を背負わされる、ことになっている。
2018年にアイルランドで行われた強姦罪の裁判で「女性がレースのTバックショーツを履いていた」という理由によって無罪判決が下ったことは記憶に新しい。「エロい下着を履いてたんだからエロいことするつもりだったんでしょ」とさらっと流されていきそうになるムードに対し、#ThisIsNotConsent (これは同意ではない)のハッシュタグとともに抗議活動が巻き起こった。
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なぜ下着はエロと結びつくのか。
要因は、まあ、割と容易に想像できる。おそらく現代において「セックスのときに動員されるメンバーの頭数に入っているから」という点が大きいのではないだろうか。ちなみに「全裸に至るまでの工程で一番最後まで残るから」と表現すると「身体はエロいのか」という問いかけが必須となる。この問いかけに対するザルの目が粗い現状が原因なのは承知しているが、文字数が足りなくなるので今回は下着とセックスの関係に寄せてみた。
下着が積極的なプレーヤーとしてセックスに参加するシチュエーションはよくあるし、恋人と楽しむために下着を新調するのも取り立てて珍しい行動ではない。下着をいい感じに利用したセックスはもちろん楽しい「場合」もある。
場合もある。
しかしこの「場合」という概念を忘れると、途端に下着は本来の用途である性器を保護するための「①衛生用品」、単に身体を包むための「②布製の衣服」としての一面を取りこぼされ、「③セックスの時に動員されるメンバー」のみに限定されてしまう。そして【エロいシーンに登場するケースもある】から【エロ以外の何者でもない】に置き換えられるのだ。
静岡で女性が公然わいせつ罪で逮捕される2カ月前の2017年4月、集英社のウェブサイト「少年ジャンプ+」で連載されていたコミックエッセイ「すすめ!ジャンプへっぽこ探検隊!」第3話が掲載中止となった。
「漫画家の矢吹健太朗先生にジャンプ編集部の女子トイレサインを描き下ろしてもらう」という趣旨の企画で、ショーツを膝まで下げる女性の脹脛から腿までのシルエットが公開され、イラストには矢吹先生の代表作をもじって「中で何かToLOVEるが起こりそう」などのコメントが添えられた。
イラストを描くときに構成を練り、強弱をつけ、取捨選択する行為はクリエイターにとって欠かせない行為だ。下着とともにあるエロを追求することはもちろん楽しい「場合」もあるし、そういった分野を得意とする描き手によって強調されたエロはもちろん素晴らしく楽しい「場合」もある。
場合もある。
そして意図的に楽しまないようコントロールするべき「場合」もある。例えば、安心して排泄を済ませられることを目的に作られた場所に掲げる場合がそうだ。例えば、街中で突然目の前に現れた女の子の装いにはっと目を奪われたり、あるいは(おっ、いい女)と思ったりしたときに、最初の数秒で行動を終わらせるよう努める場合がそうだ。
このように「③セックスのときに動員されるメンバー」と「①衛生用品」と「②布製の衣服」でできたベン図の、「セックスのときに動員されるメンバー」を全体のセオリーにすると壮大な取りこぼしが起きる。
「下着は限られた状態のときしか見えない」
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「下着は限られた状態のためのもの」
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「限られた状態=セックスであり、それ以外にはない」(①②の取りこぼし)
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「下着はセックスのみに紐づいた存在」
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「下着が見える=着用者以外の誰かに見せている=セックスを仄めかしている」
というように、エロ一辺倒になるわけである。『ドラゴンボール』に登場するキャラクター、ウーロンの「ギャルのパンティおくれーーーっ!!!」である。
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エロ一辺倒になるとどうなるかというと、「見せる」「見せられる」という二人称が、突然、原理原則であるかのように取り込まれる。露出した状態を表すために【下着が「見える」】、【肌を「晒す」】という表現が使われ、露出したその場にいる「目撃する誰か」の存在が必要不可欠であるかのようなムードを醸し出す。
2019年、下着メーカーの株式会社ワコールが、自社ブランド 「Date.」の新製品キャンペーンモデルに元レスリング選手の吉田沙保里氏を起用した。「ズレない私で、いこう。」のキャッチコピーと、紺色の実用的かつシックなブラジャーを着用した吉田氏の写真がメインビジュアルだ。しかし、この画像が公開されるとどういうわけかインターネットでネガティブなコメントが発生した。その多くが「見たくない」「勘違いしている」というものだった(これらの言葉を書いて再生産することに抵抗感があったが書きました)。
しつこくベン図を貼ってみたが、こちらはさしずめ②(③)を含む①のための広告を③の視点のみで批判している状態といえる。
「見たくない」ということは吉田氏が自分の下着を見せジャッジを委ねている(広告の中で披露しているという意味ではなく、③の文脈で)状態を想定しているということだ。
「勘違いしている」ということは③の文脈で「見せる」には何らかのクリアするべきラインが存在し、クリアしていない者は見せるべきではないという選別があるということだ。
(ちなみに③なんて想定していない、単に従来タイプのモデルを見たいんだ!という主張は、実際に着用を検討していた人(性別不問)が「吉田氏は私のなりたい人物像と大きくかけ離れているから、今後は購入を見送り別のブランドを選ぼう」と思案するときのみ成立する気がする。それは購入者の自由だし、広告代理店の腕の見せ所でもある)
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私は下着が結構好きだ。
数年前、フランス北部のカレーにある国際・レース・モード・センター( Cité dentelle mode Calais)へ行った。展示室にはさまざまなドレス、コルセット、ブラジャー、ショーツ、タペストリーが並ぶ。様々なレースが表面を飾る。
韓国では世間に求められる女性像から脱出することを「脱コルセット」と呼ぶ。1970年代にはブラジャーを脱ぐことが女性の解放だと強く打ち出された。下着の形状は見えない制約を具現化している。しかし自分の皮膚のすぐ上に、自分で気に入りの布を乗せて翳してみることそのものは、割と楽しい。場合もある。
当時装飾のない服装にハマっていた私はその日もつるっとした黒い布で全身を覆っていたが、ふと(下着ならレースを選んでも服の邪魔をしないな)と思い立った。「上着」に合わないマテリアルを「下着」で取り入れることができれば、単純計算で世界が二倍になる。さらに、青いワンピースの彼女のように「上着」に「下着」をかけ合わせることができれば——それも柄の制限なく——無数の組み合わせが思い浮かぶ。
もちろん下着になんて全然興味なくて、洗濯してあれば何でもいい、場合もある。胸を隠すのが嫌で仕方ない場合もある。恋人との旅行のために百貨店へつい足が向いてしまう場合もある。「胸とかどうでもいいからとにかく腹に装飾を施したいんだよ私は」という場合もある。
そのどれも、そしてそれ以外のあらゆる「場合」に直面したとき、あらゆる不確かな、取っ散らかった、綯い交ぜの、限定的な、アップデートされていない感覚に削られずに「この服をこんな風に着るのがしっくりくるな」という気持ちを優先できる世界であってほしい。
私はひらひらと揺れる青い裾を眺めていた。信号が変わる。勢いよく歩き出す人波に乗って、私も彼女も青信号を渡っていく。背中に踊る花模様は信号機の発光ダイオードのような彩度で、いつまでも目の奥に残っていた。
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今月で『百女百様』はいったん終わります。読んでくださった方、ありがとうございます。
今、書きおろしの準備をしています。それらを加えて、来年、一冊の本になる予定です。お届けできることを楽しみにしています。
●『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』刊行記念イベントのお知らせ
https://www.amazon.co.jp/dp/ 4760151508/
[11/16 京都]
『私は幽霊を見ない』『日本のヤバい女の子静かなる抵抗』
藤野可織✕はらだ有彩トークイベント
日時:11/16(土)19時~21時(18:45開場)
場所:京都岡崎 蔦屋書店
料金:1,200円(税込)
詳細・購入
[12/15 東京]
尹雄大によるはらだ有彩への公開インタビュー
日時:12/15(日)19時~(18:30開場)
場所:Readin’Writin’BOOKSTORE(東京・ 田原町)
料金:2,000円
(※10/12(土) に台風で中止になったイベントを日を替えて開催することになりま した。10月に予約してくださった方ありがとうございます。 よろしければまたご検討ください。)
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