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デング熱患者に薬を無料配布、ヨガをインドに広めたカリスマ・ラムデブ導師

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「Getty Images」より

 さる10月16日、東京都福祉保健局は、海外渡航歴のない国内感染が疑われるデング熱患者2名の事例を発表した。デング熱は、蚊の吸血により頭痛や発熱、関節痛などが起きる感染症で、発生地域は主に熱帯や亜熱帯地域で国内での発生は稀である。

 今年は世界的にデング熱が大流行しており、現在インド北部のウッタラカンド州でも、多くのデング熱患者がいるという。公式発表では患者数は約8000人だが、実際の患者数は少なくともその4.5倍はいるだろうと見られている。

 そんな状況を受けて、ウッタラカンド州の企業パタンジャリ・アーユルヴェードが、デング熱の薬「デングニル・バティ」を3年間かけて開発したと10月20日に発表した。

デング熱の薬を患者に無料配布

 パタンジャリ・アーユルヴェードは自社リサーチセンターで、この1年間で約1800人のデング熱患者に、デング熱の薬「デングニル・バティ」の治験を実施した。その結果、この薬を用いると主な症状は3日で緩和され、約10日ほどで日常生活に戻れる効果が見られたという。そして、現在のデング熱の広がりを考慮して、患者にこの薬を無料配布すると発表した。

 筆者もインド在住時代にデング熱になって入院したが、非常に辛い病気であった。特効薬がないため対症療法が中心で、点滴をしたり症状を和らげる薬を服用した。インドでは経済的な事情から、すべてのデング熱患者が入院したり対症療法の薬を買ったりできるわけではなく、無料で薬を配布する意義は非常に大きい。

ヨガを身近なものにしたラムデブ

 ウッタラカンド州の企業パタンジャリ・アーユルヴェードを率いるのは、ヨガの導師だ。ラムデブは、ヨガの導師としての活動以外に、企業活動や多くの慈善事業をしている。

 ヨガの導師ラムデブといえば、インドで知らない人はいない有名人である。ラムデブは、貧困層からセレブまで、ありとあらゆる階層の人々に人気があるカリスマ的存在だ。

 実はヨガがインド人にとって身近なものになったのは、ラムデブが2003年にヨガ番組に出演し始めてからである。ラムデブのシンプルでわかりやすい解説に鼓舞され、テレビの前でヨガを始める人が増えていった。それまでは、ヨガはインド発祥とは言っても、一般大衆には浸透しておらず、特別な人たちが行うものであったのだ。

 1990年代に筆者が初めてインドを訪れた時、インドでは太っているほうが良いという風潮だった。それは、太っているのは食に困っていないという豊かさを表す象徴であったからだ。

 しかし、2000年代に入ると、インドでは経済成長とともに中間層が徐々に増え始め、食生活が豊かになり、肥満に悩む人が増えてきた。ラムデブが登場してからは、ヨガは肥満を解消し健康を保つのにも役立つと、インド人の間で認識が高まった。

物質的な所有をしないラムデブ

 ラムデブがインドの伝承医学アーユルヴェーダを用いた消費財企業パタンジャリ・アーユルヴェードを創立したのは、2006年だ。古くからの友人バルクリシュナを最高経営責任者に置き、自身の名は会社の登記にはないが、インド人にとっては、パタンジャリ=ラムデブである。

 ラムデブは、ヨガの修行や実践をする行者であり、物質的な所有や経済活動はしないサドゥーという存在だ。インドでは、サドゥーはババという尊称がつけられ、ラムデブはババ・ラムデブと呼ばれている。日本人の私たちから見ると、長髪に長い髭でオレンジ色の袈裟をまとっているサドゥーの見かけは怪しげだが、インドでは主にヒンドゥー教の聖地で日常的に見かける。

 サドゥーであるラムデブは、パタンジャリ・アーユルヴェードから経済的な対価は受け取っておらず、広告塔としてパタンジャリを率いている。パタンジャリ・アーユルヴェードの製品はパタンジャリの愛称で親しまれ、年々シェアを増やし、パタンジャリ・アーユルヴェードは、インドで最も成長している消費財企業のひとつとなり、巨大企業へと成長した。

 今やインド全土にパタンジャリの小売店がある。パタンジャリの製品を扱っている店では、ラムデブの写真の看板を掲げていて、小さな町にもパタンジャリの製品は浸透している。オンラインショップでの購入も可能だ。

インド伝承医学のアーユルヴェーダ

 パタンジャリ・アーユルヴェードの社名の一部にもなっているアーユルヴェードはアーユルヴェーダを表すヒンディー語で、日本語や英語ではアーユルヴェーダと呼ばれている。

 アーユルヴェーダは、数千年の歴史を誇るインドの伝承医学だ。病気の治療や予防に薬草や鉱物などを用い、3つに分けられる体質別の食事療法やオイルマッサージなど、インドでは古くから親しまれてきた。

 パタンジャリの製品は、石鹸、クリーム、シャンプー、コンディショナー、歯磨き粉などに、アーユルヴェーダで用いられる薬草を配合し、庶民にも手が届く値段で販売されている。

 食品では、ビスケット、スパイス、クッキングオイルなど幅広いカテゴリーで品揃えを誇る。中間層以上が購入するギーと呼ばれる精製したバターやはちみつなども、良心的な値段で製品の質も高い。筆者もインド在住時には、スパイス、はちみつ、ギーなどパタンジャリの製品を愛用していた。

診察料無料の病院パタンジャリ・ヨグピットも運営

 ラムデブは、ヒンドゥー教の聖地ハリドワールにあるパタンジャリ・ヨグピットで、アーユルヴェーダの病院も運営している。この病院でのアーユルヴェーダ医師による診察は無料で、処方されたアーユルヴェーダ薬は院内の薬局で購入する仕組みだ。

 ちなみにインドでは、アーユルヴェーダ医は国家資格であり、現代医学とアーユルヴェーダ医学の両方を学ぶようになっている。

 筆者はインド在住時代に、パタンジャリ・ヨグピットでアーユルヴェーダ医に診察してもらった。アーユルヴェーダの診察で特徴的なのは、脈診だ。脈診とは、脈に触れながら体の状態を見る方法で、中国医学やチベット医学などでも行われる。筆者は呼吸器系が弱く診察してもらったが、ストレスを溜めないで生活すると病状も良くなると言われた。

 その後、処方箋を持って敷地内の薬局へ行き、アーユルヴェーダ薬を購入した。購入後は、別のカウンターで錠剤、粉薬、煎じ薬などの飲み方を丁寧に説明してもらった。敷地内には食堂もあり、衛生面も考慮された健康的な食事やハーブティーが提供されており、大変美味しかった。その他、売店ではパタンジャリの製品が販売されている。

国を挙げてヨガとアーユルヴェーダを促進

 モディ首相は、2014年に首相に就任後、「ヨガ・アーユルヴェーダ省」を創設した。また、2014年の国連総会で「国際ヨガの日」の制定を提唱し、2015年から毎年6月21日が「国際ヨガの日」に制定された。

 モディ首相は、インドの古き良き時代への回帰を促していて、ヨガ、アーユルヴェーダを通して、精神と肉体のバランスを保ち、病気の予防や治療ができると、国を挙げて推進している。また、ラムデブと懇意にしており、メディアにも時々、2人で登場している。

 モディ首相率いる政党BJPは、ヒンドゥー教至上主義を唱えており、インド国民の約8割近くがヒンドゥー教徒でもある。インドの古き良き時代へ回帰するヨガやアーユルヴェーダは、国民の宗教心や愛国心を高める一翼をも担う。ヨガとアーユルヴェーダを標榜するラムデブのカリスマ性は、首相も一目置くものであるのだ。

 これからインドに進出する企業や駐在が決まった人が、インドを知るのにラムデブを理解することは役に立つ。そこには、ヒンドゥー教徒のインド社会が凝縮されているからだ。インド人が大切にしているものや現地の慣習に敬意を払うことで、意外とスムーズに物事が進む。パタンジャリ・アーユルヴェードを率いるラムデブの動向に、今後も注目していきたい。

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