
サンリオピューロランド公式サイトより
「サンリオのお荷物」だったピューロランド
近頃のサンリオピューロランド(以下ピューロランド)は話題に事欠かない。
10月26日には、スチャダラパー、m-floなどの多数の豪華アーティストが登場したオールナイトフェスイベント「SPOOKY PUMPKIN 2019」が行われ、ハローキティやポムポムプリンがDJをする様子を収めた動画がSNSで話題となった。
11月16日と30日には『ポムポムプリンゾンビランド』と銘打った、ポムポムプリンとゾンビという奇抜な組み合わせの公演も行われる予定だ。
ピューロランドは奇抜なイベントで話題を作ったり、流行を取り入れたりしつつも、顧客の気持ちに寄り添う心を忘れない。オトナ女子を意識した写真映えを意識したスポットを数多く作り、Instagramで「#ピューロランド」を検索すると、かわいい写真が画面から溢れんばかりにずらりと並ぶ。
ピンクを基調とした公式HPも、カーソルを合わせると、ファンシーカラーのアイコンがキュートに動き、サンリオの「かわいい」世界観づくりを徹底している。
「かわいい」にとことんこだわり、優しい世界観を体現したようなテーマパーク・ピューロランドだが、過去には「サンリオのお荷物」と呼ばれた暗黒の時代があった。
現館長・小巻亜矢さんが著書『来場者4倍のV字回復! サンリオピューロランドの人づくり』でピューロランド業績回復の軌跡を語っているが、なかでも興味深いのはそのコーチング手法だ。
変化の第一歩は「話を聴く」ことだった
2014年、小巻さんはプライベートで訪れたピューロランドの暗くどんよりとした空気に驚いたという。彼女は辻信太郎社長へ「大変です! ピューロランドは可能性に満ちています」と手紙を渡し、後に詳細なレポートを提出したことをきっかけに、サンリオエンターテイメントの顧問としてピューロランドに着任する。
バックヤードは沈んだ空気。アルバイトは残念な状態。そんな中で「ピューロランドを2年で黒字にする」ことを決意し、数々の施策に挑戦した。決して「改革する」と大きく旗を振ったわけではない。その前に、小巻さんは行動を起こした。
最初に行ったのは、「社員全員との会話」だった。なにも、小巻さんが社員全員に檄を飛ばしたなどというわけではない。小巻さんは、スタッフ同士が気軽に話せる風土づくりを目指し、社員全員の話を「聞いた」のだ。
幹部を含め社員を12のグループに分け、1回60分から90分ずつ、話し合いの場を設けた。1グループにつき、6人~16人。小巻さんはそれを傍で聞いていたという。
「なぜピューロランドで仕事をしようと思ったのか」「なぜ大変な時期でも辞めなかったのか」など、質問は5つ。小巻さんが学んできたコーチングをベースに作られたものだ。
気の遠くなりそうな施策を1カ月で終えると、結果は大成功だった。士気が下がり、どんよりとした雰囲気をまとった組織は、ピューロランドへの熱い想いを確認し、共有することによって改善の兆しを見せた。小巻さんは著作で「当時のピューロランドに必要だったのは、自分たちの可能性や潜在的な強みに気づくことでした」と語っている。
社員たちが変わっていったわけ
社員全員の話を聞いた小巻さんは、次に「ウォーミングアップ朝礼」を始めた。「接客スキルの低さは基本的なことを教育する場を設けていないから」と、館内スタッフの接客スキル向上を目指した。1回の所要時間は15分。まずは自己紹介から始め、2、3人が1つのグループになり、それぞれの名前と働くエリアを伝える。その後、「最近のマイブーム」「好きなキャラクター」など、雑談的なテーマでコミュニケーションを取る。それによってスタッフの笑顔を自然な形で促す。
さらに、サービススキルの研修や、変わり種のものとなると、キャラクターを一筆書きしてみるなど、さまざまなことを行うことで部門やエリアを超えた仲間意識が芽生えた。朝礼の最後は「今日もよろしくお願いします。キティ大好き!」と締めくくる。どちらの語尾の母音も「イ」なので、自然と口角が上がり、笑顔になるのだ。
他にも、小巻さんは辻社長に直談判し、2016年にスタッフ用トイレを「かわいく」した。その効果は、著書で「スタッフの士気を高めるうえでここまで効果てきめんだとは思いませんでした」と語っている。トイレがきれいになってから、社員のトイレ内でのネガティブな会話が激減した。
サンリオピューロランドは、目に見える形で施設をよくすることは、会社や社員の心境を変えるのに有効だと実証した。
今ではピューロランドをインターネットで検索すると、スタッフに対する賛辞の声が出るようになったという。小巻さんの赴任当初には誰もが予想できなかった結果だ。こうして、組織は徐々に主体性を持つ集団に変わっていった。
2018年の夏、NPSデータ(ネット上にどのようなキーワードがどれくらい拡散されているか)で、「スタッフ」「あたたかい」という言葉が登場した。それに対し、小巻さんは著書で「涙が出る程嬉しい結果」と語っていた。
社員の声やアイデアを元に、現在もサンリオピューロランドは人気コンテンツとして来場者数を伸ばしている。
コーチングは「自分で考え行動する部下を育てるツール」
さて、小巻さんが着任の第一歩として行った「コーチング」はいったい何なのだろうか。近年、日本でも徐々に話題になり始めているが、導入している会社は欧米に比べ非常に少ない。
具体的な使用シーンは、職場での上司と部下のやりとり。上司の代わりに外部のコーチが行うこともある。日本では、上司が部下に「指示をする」ことが当たり前で、指示ばかりしている上司に限って「指示をしないと何もできないのか」とぼやく。だが、コーチングは「自発的行動を促進するコミュニケーション」とされている。つまり、「指示待ちをする部下ではなく、自分で考え行動する部下を育てるツール」ともいえる。
コーチングは主に会話で行う。クライアントが目標達成へ近づくことを目的とし、コーチは質問でクライアントの気持ちを深堀りすることによって気づきを与えながら、思考整理を促すのだ。
コーチが話をよく聞き、相手が主体性を持って話ができる状態を作ることが大切だ。つまり、指示をしたりアドバイスばかりをしてしまってはいけないのだ。ひとまず、相手の話を「聴く」ことが大切とされる。そうすることで、クライアントの意外な一面を知ることもできるだろう。
そんなコーチングを「聴くコミュニケーション」と書く書籍も見られる。小巻さんも社員と話す際、「やさしい話し方」「あたたかな聴き方」を気をつけたという。相手の本音の部分を聴き出すことがコーチングにおいて大切になるため、その効果は大きく期待できる。
日本でのコーチング導入例
日本ではまだ導入例の少ないコーチングだが、英国では2012年250社を対象としたアンケートで8割もの企業が導入していると答えた。
ヤフーはロールマッチングの早期化を目指して外部のコーチを導入し、社内コーチの育成にも取り組んでいるという。ヤフーの取締役・常務執行役員である本間浩輔氏は、優秀な社員はコーチになると指示型になりがちであることを指摘し、「本人がもともと持っているポテンシャルを早期に開花させることが主な目的になります。なのでロールマッチングの『早期化』にはコーチングが向いている」とインタビューで語っている。
ソフトバンク、モノタロウなどもコーチングを導入しており、モノタロウは目覚ましい成長を遂げている。会社という組織に「人の力」は絶対に欠かせない。一見やる気のなさそうに見える社員にも何か熱いものが眠っているのだ。それをいかにして引き出すかが鍵になる。