
「Getty Images」より
戦争と大災害は、しばしば「悪魔の景気対策」と言われます。人為的か自然の力かの違いはありますが、国民の意図に反して、力ずくで資産を奪われ、生活再建のために復興、復旧を余儀なくされます。それが戦後の「復興経済」のように、生産や国内総生産(GDP)の増加をもたらすためです。
このため、経済が行き詰まると、軍産複合体などといわれる世界的に大きな影響力を持った影の勢力が、しばしば戦争を仕掛けます。これによって、少なくとも武器弾薬の「在庫整理」ができ、破壊された後の復興ビジネスでも商機を得られるからです。日本でも第二次大戦で経済が破壊された後、1950年代にかけて大規模な「復興需要」が生じ、戦後復興の高成長を実現しました。
戦争ではありませんが、今回の大災害においても自然の猛威によって、無理やり家屋や家財、田畑、鉄道、道路の多くが破壊されました。近年では阪神・淡路大震災、東日本大震災でも同様に大きな被害を受けました。こうした大災害が与える経済への影響は特殊な面があり、分かりにくいので少し解説したいと思います。
大規模災害が日本経済に与えた影響
今回の台風15号、19号に伴う暴風雨や河川の氾濫などで失われた家屋、家財、田畑、鉄道などの損害額はまだ正確に集計されたわけではありませんが、おそらく数千億円単位に上るのではないかと思います。これは経済統計上は、日本の「国富」の減少となり、企業でいえば、バランスシートの資産減少となります。失われた富の規模が大きいだけに、国民は大きな痛手を負い、貧しくなります。
しかし、その直接的な損失は、企業財務的にいえば、バランスシートの縮小に現れ、一義的には損益計算書には現れません。言い換えれば、失われた家屋や田畑は、過去に生産されたものを喪失したわけで、期間中の生産やGDPのマイナスにカウントされるものではありません。
その次に、今度は田畑で得られるはずの農産物が収穫できなくなり、家や家財が水に浸かってしまった人は、仕事や消費活動が制約されます。また、鉄道や道路が寸断されれば、これも輸送や生産活動を制約します。このため、災害からしばらくの間は消費や生産活動などが抑制され、これらを集計したGDPも災害前に比べると減少しやすくなります。
政府はこれを機に積極財政に転換
破壊された生活基盤、経済基盤を放置はできず、何とかこれを修復することになります。生活を取り戻すためには、家の修復、家財の購入が必要になり、いやでもカネを使わなければならなくなります。破壊された鉄道道路、橋なども国や企業が修復にかかります。それ自体は新たな需要を生み出すのですが、当事者からすれば、余計な出費になります。
保険でカバーできる分は良いのですが、できない分は自ら資金手当てをして生活の再建をしなければなりません。道路や堤防などの修復は、国や地方自治体の負担で行われます。個人で資金が賄える人ばかりではありません。そうした人々の生活再建には、国や自治体の支援も必要になります。
その点、今回の災害に対する政府や千葉県など自治体の対応には批判の声も上がっています。永田町まわりの政治記者によれば、安倍総理はできれば年内に解散総選挙に打って出たいとの思いがあると言います。それもあって、政府は遅ればせながら、にわかに復興支援に積極的な姿勢を見せ始めました。日銀が支援融資を検討するほか、政府はこれを機に積極財政に転換した模様です。
幸い財務省は、このところの超低金利を利用して、18年度中に52.5兆円も国債を前倒し発行し、その資金をある程度プールしています。財政資金はいつでも活用できる状況にあります。これで災害復旧が進めば、それなりに生産やGDPが増えるはずです。
供給制約が復興を拒む
ところが、現場ではなかなか復旧、復興作業が進んでいません。台風の後にまた関東から東北にかけて豪雨に見舞われたこともありますが、工事を担う業者の手当てが困難な状況です。日本は長年にわたって公共事業を圧縮してきたため、その間に中小建設業者の多くが廃業してしまいました。
そこへ2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けての大規模な建設工事が行われ、そちらに多くの業者がとられています。そして人手不足も加わりました。オリンピックは期日が区切られていて、何としても期日までに工事を終わらせなければなりません。従って、この事業を先延ばしして災害復旧に回すこともできません。
昨今は日本だけでなく世界中で需要不足が起こり低成長と低インフレをもたらしているといわれます。しかし、その一方で日本もアメリカも人手不足が深刻化しています。とりわけ建設業界での供給力不足が深刻で、いわば“ボトルネック”が生じています。需要が建設分野に集中する一方で、全般的な人手不足が生じているために、復旧工事がなかなか進まない状況にあります。
大災害で失ったものが大きい分、潜在的な「復興需要」は大きいのですが、それが供給制約によってなかなか実現しません。従って、復興、復旧が現実の生産やGDPを押し上げるようになるには時間がかかりそうです。その間、被災地での生活は制約を受けたままの厳しい状況が続き、道路などの社会インフラの復旧も遅れ、生産活動の回復を阻害し続けます。
強制支出がその後の購買力を奪う
復旧、復興が遅れる一方、不便な生活が長期化します。それでもいずれ家屋の修理、再建、家具や自動車、農家では農機具の購入などで徐々に生活を取り戻していくことになります。その過程では消費や生産がある程度増えてGDPを押し上げる面がありますが、その資金を保険会社や国が全面的に面倒をみてくれるわけではありません。
被災者の多くには貯蓄の取り崩しや新たな借金が発生し、財務状況はさらに厳しくなります。政府が支援のために財政支出を拡大するとしても、国にお金があるわけではないので、それは国民の税金や、将来世代からの借金によって賄えることになります。保険会社の支払い負担も増えますが、通常は欧州の保険会社などの再保険に入っていて、その分は負担が軽減されます。
結局、「悪魔の景気対策」といわれる自然災害も、今日の日本では強い供給制約があって、復旧、復興需要の実現が小出しになり、時間がかかる分、景気対策としての効果は分散的で小規模になります。しかも、人手不足資材不足が、人件費や特定建設資材の価格を押し上げ、被災者の負担をより大きくする面があります。
そのうえ、本来不要なはずの出費を余儀なくされ、家計が圧迫され、政府や企業も復興に資金を費やします。その結果、その後の生活や事業に「節約」が強まり、長期的に需要を圧迫する面があります。少子高齢化が進む現在の日本では、戦後の復興需要再現は望むべくもありません。むしろ失ったものを再建するコストの重みに押しつぶされ、「復興」ならぬ「不幸」が蓄積されかねません。
今回被災された皆さんには、心よりお見舞い申し上げます。
政府は財政資金の用意もさることながら、ヒト・モノ・カネのバランスを考え、ボトルネックが生じないよう、ヒト・モノの円滑な手当にも心配りが必要です。政府は米国に配慮して、自衛隊を中東の海に調査派遣すると言っていますが、今は自衛隊の力を国内の被災地で活用し、一刻も早い生活再建、生活インフラの復旧を進めてほしいと願うばかりです。