
「Getty Images」より
人材派遣を展開するリクルートスタッフィングが、派遣労働者を対象にした研修に「AIが表情の良し悪しを判断するトレーニング:心sensor(こころセンサー)」を導入したという。「心sensor」とは何か。リクルートスタッフィングのwebサイトでは次のように説明されている。
<34のフェイスポイントの動きをもとに、7種の感情(喜び、悲しみ、驚き、怒り、軽蔑、嫌悪、恐怖)を理解したAIがあなたの表情を分析します。>
<楽しみながら、あなたの最高の笑顔を見つけてみませんか? 緊張しがちな初めての職場や、プライベートでも笑顔で、自分らしく活き活きとした毎日を送りましょう!>
10月29日に日本経済新聞のWeb版がこの研修について伝えると、ネット上では「感情労働の強化につながる」「非正規労働者をバカにしている」といった批判の声がわいた。筆者も同じように否定的な感想を覚えたひとりだ。
2015年の派遣法改正により、派遣労働者のキャリアアップを支援するため、計画的かつ段階的な教育訓練を施すことが各派遣会社に義務づけられた。キャリアアップ・スキルアップを望む派遣労働者は多い(派遣会社チェキ!の調査では「派遣会社にスキルアップの支援を求める」(55%)という回答が半数以上)。
前出の日経新聞記事によれば、リクルートスタッフィングは「心sensor」を導入することで派遣労働者のコミュニケーション能力の向上を目的にしており、これもキャリアアップ支援の一種と言えるのかもしれないが……。とはいえ、AIに笑顔指導をさせればコミュニケーション能力が上がるというのはあまりにも安直な発想ではないだろうか。
パワハラ被害さえ相談できない派遣社員
まず本来的に、派遣会社は派遣社員を守るものであってほしい。派遣先で派遣社員が仮に不当な目に遭ったとき、派遣社員が頼れるのは派遣会社である。派遣社員が気持ちよく安心して働けるよう、環境を整備するのが派遣会社の仕事のひとつだろう。しかしリクルートスタッフィングでは2016年、派遣労働者として働いていた男性が派遣先のパワハラについて同社社員に相談したが全く対応してもらえず、終いには雇い止めされたとして同社に損害賠償を求める裁判を起こしている。
働き方改革に伴い、同じ職場で同じ職務に就く労働者は正社員・派遣や契約社員という雇用形態の違いによって待遇や賃金格差があってはならないとする「同一労働同一賃金」の概念も導入された。しかし、「バイトル」などを運営するディップ株式会社の調査によると、「同一労働同一賃金」の導入にあたり、派遣社員は様々な不安を抱いている。
最も多かったのは「契約が更新されないのではないか」(48.3%)で、特に50~54歳は52.6%と半数が雇い止めの不安を抱えているようだ。「企業側の依頼が減り、派遣の仕事事態が減ってしまうのではないか」(40.2%)、「派遣会社から紹介してもらえる仕事件数が減ってしまうのではないか」(39.1%)、「時給が下がるのではないか」(38.2%)と続いている。
雇い止めになることを恐れてハラスメント被害の相談も出来ずにいたり、露骨な正社員との格差・差別を感じながら働いたりという仕事環境は、健全とは言えない。小手先の支援策ではなく、派遣労働者が安全に気持ちよく働き自然な笑顔を浮かべられるよう、派遣元には大きな責任がある。