連載

女性と社会構造をめぐる問題は、「反抗する女性vs従順な女性」の対立にすり替えられてきた

【この記事のキーワード】

「女性だけでなく、男性にも等しくあるつらさ」という性差別の矮小化

 ひとつは、工場で働く女たちが労働環境の改善を求めてストライキを行うクライマックスのシーンで繰り返し歌われていた「奴隷じゃないわ 娼婦でもない」という歌詞。

 作中には、経済的に困窮しているためにセックスワークを選ばざるを得ないというキャラクターも登場するのに(しかも同じ工場で働く「仲間」として)、「娼婦でもない」と歌うのは優しくないというか、新たな断絶を生んでしまう表現だと思いました。作中には性的虐待を含む虐待サバイバーであるキャラクターが複数登場しますが、その過去が他人によるアウティングによって紹介されてしまうのはどうにも迂闊な感じが否めません。

 私が感じた「どうにも迂闊な感じ」は、劇場で売られていた公演パンフレットに掲載されていた演出家と音楽監督による座談会で答え合わせができました。編集された言葉を私が読んだ感想にすぎませんが、制作陣の意識が作品の示しているところまで追い付いていない印象を受けたのです。

 座談会の中で演出家は、<企業と現場の感情で板挟みになるハリエットはとても日本人的なキャラクター。ハリエットに投影しているのは女性ではなく、男性も含む日本のサラリーマンである>と語ったうえで、<女性の話だから女性が書く、演出するって話になること自体が、それ既に性差別だよっていう冷静なツッコミを入れたくなりますよね(笑)>(「ファクトリーガールズ」公演パンフレットより、演出の板垣恭一氏の発言を抜粋)と発言しています。

 女性の抱える生きづらさや問題を「女性だけでなく、男性にも等しくあるものだ」と矮小化するのはよくある手口ですし、「それ既に性差別だよっていう」のは決して「冷静なツッコミ」などではなく盛大な勘違いだと思います。この文章を読んで私は脱力すると共に、女性の(かつフェミニズムを深く理解する)演出家の手によってもっと丁寧に織り上げられた「ファクトリーガールズ」が観たいなと強く思いました。

 女性差別についての意識でいえば、この後に掲載されている女性キャストたちによるトークの方がずっと有意義で、若いキャストがきちんと女性差別について考え、発言できていることに確かな希望を感じます。

 とはいえ、女性の労働運動をテーマにしたミュージカルが大きな劇場で(短期間とはいえ)上演されたことには大きな意味があると思います。再演を重ねてブラッシュアップし、いずれは定番作品となって何度でも問題提起をしていってほしいと強く思いました。

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