社会

男性の育休は「1カ月が限度」? 動物たちが問いかける人間の家族の在り方

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内野こめこ『こちらアニマル社商品企画部育児課』(イースト・プレス)

 『こちらアニマル社商品企画部育児課』(イースト・プレス)という漫画が注目を集めている。
 この漫画は動物たちの一部が人間と同様の知性をもつ「知性動物」となったファンタジーな世界を舞台に描く。そこではペンギンやパンダや牛や狼も、人間と同様に社会に出て働いている。
 主人公の人間・田中タカナリは、人間に混ざって社会生活を行う知性動物をサポートするため企画開発を行う会社「安仁丸社(アニマル社)」の育児課に出向で配属された。田中はちょうど妻が産休に入っている時期だが、家事をせずに休んでいる妻に当たり散らすほど出産・妊娠への知識と理解がない。しかし、さまざまな動物の育児の仕方を目の当たりにするにつれ、その凝り固まった考えが変わっていく──。
 『こちらアニマル社商品企画部育児課』は、さまざまな動物のオスとメスがどのようなかたちで育児に関わっているのかを見ることで、人間にとっての出産・育児の在り方を問い直す。その物語のなかには、家事分担の問題や、男性の育児休暇に関する問題など、現実の社会における課題も盛り込まれている。
 この物語を描いた背景について、2児の母でもある作者の内野こめこ先生に、自身の体験も振り返ってもらいつつ話を聞いた。

【内野こめこ】
漫画家。息子ふたりと夫の4人暮らし。長男、次男の出産と成長の日々を描いた絵日記ブログ「うちのこざんまい」が人気を集め、同ブログは『うちのこざんまい 子育てのヤマ場をのりこえる!』『うちのこざんまい 2人育児の波に乗れ!』『うちのこざんまい コウくん、お兄ちゃんになる!』(いずれもKADOKAWA)として単行本化されている。
blog:http://uchinokozanmai.blog.jp/
Twitter:@nokonokomeko

──どんなきっかけで『こちらアニマル社商品企画部育児課』を描こうと思われたのですか?

内野こめこ(以下、内野) これまでも育児の話は『うちのこざんまい』で描いてきたわけですけど、今度は親だけでなく子どもや家族で一緒に読んで楽しめるものが良いと思っていて。うちの子どもも動物が好きですし、そういうのもあって、動物を絡めた話を描けないかなと。
 それで、動物の出産や育児を調べていくと、動物と人間は結構違うぞと。

──読者の方の意見で印象的なものはありましたか?

内野 「たまごクラブ」(ベネッセコーポレーション)の小冊子すら読まない夫がこの本は手に取ってくれて、読んだ後に「ごめんね」と言ってくれたという意見や、夫が優しくなったという意見がありました。

──それはすごい影響力ですね。

内野 私だって自分が妊娠するまでは知識なんてほとんどなかったし、小中学校で子育てについて学ぶ科目もありませんから、なにも分からないのもしょうがないなって思うんです。ましてや、男性は女性より出産に関して考える機会がはるかに少ないだろうし。
 それに妊娠や出産って人によって本当にいろんなパターンがあるので、経験者同士で話をしていても「そんなこともあるんだ!」となることはあるんですよ。幼稚園のママ友なんかと話していても、5分でお産が終わった人から、2日かかって結局は帝王切開になった壮絶な人までいますし。同じ人でも第1子と第2子によって全然妊娠中の状況や出産の過程が違ったりもします。

──なるほど。

内野 だから、妊娠中の女性個人の現状を逐次夫婦で認識していくことが大事だと思います。
 私が第一子を妊娠初期は眠気づわりがきつくて、夫が出勤してすぐに寝ていたら、忘れ物をした夫が帰ってきた時がありました。その頃は私自身寝ていることに罪悪感があって慌てたんですが、夫は「そんなに一日中眠いなんて普通じゃないから、赤ちゃんのために必要なことなんだろう」と言ってくれたんです。夫はそこで私が「通常の状態じゃない」ことを認識し、私は「別に無理をしなくてもいいんだ」と理解しました。それからはちょっと気が楽になりましたね。

――旦那さんは田中とは違うんですね。

内野 実はそうなんですよ(笑)。

人間はコミュニケーションができる動物

──『こちらアニマル社商品企画部育児課』の物語には「人間はコミュニティの中で生きる動物であり、言葉を使ってコミュニケーションをとることにより、家族の在り方を環境に適合したかたちに変えることができる」というメッセージが描かれています。

内野 いろんな動物の出産や育児について調べ、「人間と他の動物の違いはなにか?」を考えていくうちにたどりついたのは、「人間は言葉を使って細かくコミュニケーションをとることができる」ということでした。そのことによって、時代や文化に合わせて家族の在り方を変えることができるし、もっと言えば、家族ごとに最も相応しい独自のかたちをつくることかなと。

──それだけは人間以外の動物にはできないことですよね。

内野 だから、思っていることを言わないのが一番よくないなと思うんです。
 『うちのこざんまい』のコミックエッセイでも少し描いていますけど、ウチの夫は私が家事をしなくても文句を言うタイプではないですが、子どもが産まれる前に「育児はしないよ」と宣言していたりはしました。私自身も、当初は「私が全部やらなくちゃいけない」「自分がしっかりしなくちゃいけない」と思い込んでいた部分もあったんです。でも、やってみたら自分だけじゃなんともならないことも多い。結局私から「あれやって」「これやって」と言いだして、夫も子どもと生活していくうちにいろいろやるようになって。今は私が言わなくても下の子のトイレの世話とか、細々としたこともやっていたりします。

──それはいいですね。

内野 自分の気持ちを発しないと、勝手に相手の気持ちを想像することになってしまいますし、そうすると「あいつはこう思っているに違いない」とか疑心暗鬼になって勝手に不満が大きくなっていくというか。
 でも、実際に話してみたら、こちらが勝手に思い込んでいたようなことを相手は考えていなかったりする。言わないと気付かないことも、そのときになってみないと分からないこともたくさんありますし、やっぱり言葉にしないとお互い本当には相手のつらさも気持ちも分からないですよね。それを我慢してひとりで不満をためていたらもったいない。
 まあ本当は、何も言わなくても自発的に思いやって行動してくれたら一番嬉しいんですけど(笑)。
 ただ、話しても話しても伝わらないということもきっとあると思う。年齢を重ねれば重ねるほど、自分と違う考えを新たに受け入れるのは難しいです。田中には皇帝さんや周りの動物たちがいましたが、現実にはそういう存在が近くにいないかもしれない。そんな場合にはこの本が何かのきっかけになってくれればいいなと思います。

皇帝さんの育児に田中は驚きを隠せない(画像提供:イースト・プレス)

家族はみんなで動かすひとつの「船」

──『こちらアニマル社商品企画部育児課』は、働き方、とくに男性の育児休暇についての問いを社会に投げかける作品でもあると思います。
 たとえば、先輩の皇帝さん(コウテイペンギン・オス)は孵化するまで卵を守らなければならないため1年の育休をとります。
 あと、主人公の田中が「1カ月が限度かなと…」と自分の育休期間を提示したら上司のパンダから「1カ月だけでいいの? ヒトの妊娠期間結構長かったよね? 3年くらい必要じゃないの?」と言われるシーンは象徴的だなと思いました。

内野 私の場合、夫は育休をとることができなかったので、第一子のときは実家に帰って生んで、ふたり目は母に来てもらって自宅近くの病院で生みました。私の場合は絶対にひとりでは無理でしたね。
 よく「3時間おきに授乳」なんていいますけど、最初のうちはもっと短くて、20分〜30分ぐらいの間隔でした。「いま終わったばかりなのにまたお乳あげなきゃいけない」みたいな。そうなると、自分のご飯を準備することすら難しい。
 ようやくなんとかやれるかもしれないと思えたのは1カ月半ぐらい経ってからですかね。それまでは全面的な助けがないと精神的にも肉体的にも耐えられない。
 ちょっと前までなら、おじいちゃんおばあちゃんがそばにいる生活が当たり前だったので、働く男性が育休をとらなくても助けがあったんでしょうけど、いまはそうではない人も多いし、夫以外に人手がない環境なのであればなおさら、男性は育休を活用したり、少しでも時間を確保したりして産後の女性と我が子を支えた方がいいと思います。

──男性の育休取得率が6.16%(2018年度のデータ。厚生労働省発表)の低さに留まっているという状況は、もっと真剣に議論されて然るべきと感じます。

内野 これは今まで育児してきた中での所感なんですけど、家族ってひとつの船のようなものだと思うんです。誰がなんの役目をするのかは家庭によってそれぞれなんだけど、チームとして協力しなければ沈んでしまうかもしれない。それは、夫と妻もそうなんだけど、子どもも一緒で、家族のみんなが船の乗組員なんだなと。うちでは長男が色々助けてくれるので、とくにそう感じました。

──素敵な喩えですね。

内野 ただ、結局のところ、どういうかたちが一番いいのかは、家族の数だけ答えがあると思います。夫婦ともに仕事も家事・育児もしているにしろ、「どちらかが家事と育児」「どちらかが仕事」で完全に役割分担しているにしろ、本人たちが無理なくスムーズに船を進めていけるチームならそれが一番いい。
 とにかく、大事なことは、家族の間で意見をすり合わせることかなと。

──はい。

内野 そして、いろんな選択肢が認められる社会ならいいなと思うんですよね。家族にとってベストなかたちもいろいろで、どういう役割分担で生活をしていようと、それに対して誰かが文句を言ったりすることのないような社会になったらいいなと思います。

──その通りだと思います。

内野 私たちの下の世代を見ていると、「母親がこうだったから自分もこうすべき」「まわりの家庭がこうだから自分も合わせるべき」みたいな考えにとらわれているのは、私たちの世代がもしかしたら最後なのかもなとも思うんです。
 インターネットを見ていても「母親ならこうすべき」みたいな言葉が飛び交うことはだいぶ少なくなったように感じます。
 長男を出産した2013年ごろはまだまだそういう空気がありましたけど、ここ数年で急激に状況が変わってきているなと思うんですよね。

──良い流れですね。

内野 とはいえ、なかなか難しいなと感じる部分もあります。育児に関して言えば、とくにうちの長男の通っている幼稚園だと周りの家庭は働くお父さんと専業主婦という形がほとんどなのもあってか、いつのまにか「男の人は頭や体を使うのが得意で働いていて、女の人は料理とか手先を使うことが得意なんだね」みたいなことを長男が言っていることがありました。実際にはそうではないし、そんな一面的な話でもないというようなことは伝えたんですけど、まだ背景や事情までは分かりませんからそういうものだと思ってしまうのかもしれません。
 まだ子どもなので見えている世界はほんの少しですし、その見えている環境の中で考えがまとまってしまう部分もあるのだろうなと。でもそこでとどまるのではなく、成長する過程で広い世界と様々な価値観、その背景を知り、人それぞれ色々な生き方と考え方があるということを知ってくれたらいいなと思っています。

上司のパンダは長期の育児休暇取得を勧めるが……(画像提供:イースト・プレス)

 人間は言葉を交わすことで協力し合い、危機的状況を乗り越えたり、新たな環境に適合するなどしてきた。それは、身体能力の高くない人間が、他の動物との生存競争に勝ち残るために編み出した生き残りの策でもある。
 言葉を使って密度の濃いコミュニケーションをとることは、地球上の動物のなかで人間だけが得ている能力だ。
 せっかくの能力、ムダにせず、周囲の大切な人との関係を良くするために使ってみてはいかがだろうか?

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