社会

「させていただきます」気になる最近の「日本語」〜海の向こう側から

【この記事のキーワード】

「上から目線」「マウンティング」

 どちらも比較的新しい言葉だが、初めて目にした時から違和感を持ち、後にその浸透ぶりに驚かされた言葉だ。私とて誰かから偉そうに話をされればムッとするが、この2つの言葉が意味するのはそれだけではなさそうに思える。

 どちらも高みから自分を見下ろす相手がいて、自分は見下ろされる下位にいる。まず、その構図が絵として目に浮かぶ。そして、自分はその構図を覆すことが出来ず、相手はそれを知りながら高所から自分の優位性をひけらかし、押し付けてくるーーそんな抑圧感がにじみ出ている。

 これも「ズルい」と同じく、この構図から逃れられない、身動きできない、そんな今の日本の息苦しさから生み出された言葉なのだろうか。

「させていただきます」

 電車の運休時の「大変なご迷惑をお掛けします」に通じる、過剰な謙遜語だ。特に気になるのがタレントやミュージシャンの「〜に出演させていただきます」、ライターの「〜に記事を書かせていただきます」だ。

 自分には手が届かないと思っていた著名作品や権威ある媒体であれば、当人としては「させていただく」心情になる。しかし視聴者や読者にとって出演者や執筆者は媒体側の一部であり、「させていただく」の濫用は誤っている。だが、メディアに出る言葉は一般社会に広がる。事実、過剰な「させていただく」がもはや定着しつつあり、「出演します」「執筆します」と言えば「自分を媒体より上だと勘違いしている」「傲慢」と取られるのではないかという恐怖が生まれている。

 自分より高位にいる相手を「上から目線」「マウンティング」と批判しつつ、自分は「させていただきます」と、とことんへりくだる。横並びにいる者が良い目をみれば「ズルい」と言って自分を苦しめ、他者の行為を「迷惑」とバッシングする。

 「言葉は世につれ世は言葉につれ」だ。いつの時代も言葉は自然と変化していく。だが、近年の言葉の変化には不健康な理由があるように思えてならない。現代日本社会の「生きづらさ」がこうした言葉を生み、浸透させているのだろう。だからこそ、疲弊し切った人たちが「寄り添う」という言葉も新たに定着させたのではないだろうか。
(堂本かおる)

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