日本社会には圧倒的に「メディアリテラシー」が足りない/森達也インタビュー

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©2019「i -新聞記者ドキュメント-」

“個”であれ!

──いまメディアに対して最も指摘したいのは「権力の監視役」というジャーナリズムが負うべき役割を放棄しているという問題です。

森 メディアは社会の合わせ鏡です。社会が求めればメディアは劇的に変わります。
 だから、いま現在のメディアが権力を監視する役を果たしていないのであれば、それは社会がメディアに権力の監視役を求めていないということになる。

──それでは為政者はやりたい放題になってしまいます。

森 とはいえ、一昔前までなら既成メディアの情報を社会が受け取るだけでしたけど、いまではインターネットもあるし、SNSもある。
 マーケットの規模は違うけれど、一応、社会の側からも情報や意見を発信することができるわけですよね。
 だから、ネットも含めて社会の側からどんどんメディアに対して意思表示をしていけば、メディアも変わらざるを得ないのではないかと思います。

──それは希望ですね。

森 ただ、日本の場合はまたひとつ問題がある。それは匿名性です。
 日本におけるSNSって匿名性が非常に強い。海外ではツイッターでもみんな自分の名前でやっていますよね。これは大きな違いだと思う。
 なぜ匿名にするかといえば、集団に隠れたいからです。隠れるからこそ、他者を平気で罵倒したり追い詰めたりすることができるわけで、この国ではSNSが良いことだけをもたらしているわけではないんです。
 「アラブの春」であるとか、最近では香港もそうかもしれませんが、ああいった場所では「SNSにはこういった使い方ができる」というのを市民が体現しているわけじゃないですか。
 でも日本ではネットが、匿名性に覆われた誹謗中傷の温床になってしまっている。つまり自分を出さない。やっぱり集団です。匿名性については、しっかりと意識して直面すべき問題だと思います。
 アメリカの心理学者であるアーヴィング・ジャニスは、集団で思考すると選択を間違える頻度が高くなることを、ホワイトハウスなど過去の例をあげながら実証しました。この国も同様です。いや、日本人はアメリカ人以上に集団と親和性が高いから、間違えるリスクはとても高いんです。
 だから、「集団から離れて、少し距離を置いた方が、いろんな物が見えてきて面白いんだ」ということに、みんな気がついてくれたらいいと思います。

──監督がいまおっしゃったことは『i-新聞記者ドキュメント-』のラストシーンで、秋葉原に集う群衆と望月さんを対比させたカットから伝わってくるメッセージに共通するものがあると思いました。

森 それぞれの解釈にお任せします。映画のメッセージは、それぞれ見た人が感じてくれれば良いことで、そうじゃない見方をしてもらってもいい。映画は観た瞬間に観た人のものになります。監督の思惑なんてどうでもいいんです。

──映画を見る人ひとりひとりが“個”であれ、ということですね。

(取材、構成:編集部/テキスト起こし:ブラインドライターズ)

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