「専業主婦」には女性をめぐる社会問題が集約されている

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周燕飛(撮影:細谷聡)

 女性の社会進出が進んだことや、日本経済の低迷で給料が下がっていることなどにより、専業主婦モデルは日本の家族の在り方の象徴ではなくなりつつある。

 いまや、「専業主婦」という言葉には「裕福な生活」「勝ち組」というイメージをもつ人も一部おり、羨望や嫉妬がない交ぜとなった視線が送られる状況にあるが、そのイメージは誤解を孕む。

 「専業主婦」の実相を見ると、そこには、保守的な家族の在り方への呪縛、女性の二重負担、日本的な労働市場の問題などが、知恵の輪のように複雑に絡んでいることが分かるのだ。

 『貧困専業主婦』(新潮社)というショッキングなタイトルの本を出版した、周燕飛氏に話を聞いた。

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【周燕飛】
1975年、中国生まれ。独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)主任研究員。専門は労働経済学・社会保障論。

専業主婦世帯の12%が貧困世帯だった

──「貧困」という言葉と「専業主婦」の組み合わせに違和感を覚える読者も多いと思います。「貧困専業主婦」とはいったいどういう意味なのでしょうか?

周燕飛(以下、周)  専業主婦といえば、お料理教室に通ったり、主婦同士の集まりでお茶タイムを満喫したりと、優雅な生活をしているイメージがあります。しかし、それが実情ではないことが調査で分かりました。大多数は経済的余裕のあまりない家庭の女性が、専業主婦を選んでいます。中には、貧困家庭の女性も相当数含まれています。
『貧困専業主婦』という本の中では、世帯所得が貧困線(4人世帯では244万円)を下回る世帯のうち、妻が無職で18歳未満の子どもがいる夫婦世帯を貧困専業主婦と定義しました。08年のリーマン・ショック後の2011年では、専業主婦世帯の12%、約50万人が貧困専業主婦と推計されました。

──自身や子どもの健康上の問題や、どうしても保育所が見つからないなどの事情で働きに出られないケースもあるとは思いますが、そうでない場合、どうして貧困世帯なのにも関わらず専業主婦の状況を続けているのでしょうか?

周 原因は、複合的です。端的にいえば、専業主婦になるのは、本人が直面している市場賃金と家庭での時間の価値を天秤にかけた結果なのです。一定収入以下の有配偶女性に対する税や社会保障の優遇政策が、意図せずに「専業主婦」コースに誘導する側面があります。そして、多くの女性は、自分が働きに出ることによって子どもの躾がうまくいかなくなるとか、子どもの成長にマイナスの影響があるのではないかと考えています。

──なるほど、「子どものため」という理由があるのですね。

周 でも実は、多くの母親が思っていることと現実とは、ズレがあります。

──えっ? どういうことですか?

周 まず、親が家にいるほうが子どものためになるという客観的な証拠はないのです。最新の調査によれば、幼稚園と保育園とで、学校入学後に生活面や学習面ではそれほどの差異が見られません。貧困家庭に限ってみると、保育所の利用が、子どもの入学後の成長には、むしろ良い影響があるようです。
 ここでの最新の調査というは、東京都が2016年に墨田区、豊島区、調布市、日野市のすべての子ども(小5、中2、高2)とその保護者を対象に行った「子どもの生活実態調査」というアンケートです。
 この調査の報告書では、小中高校生のいる家庭を「困窮層」「周辺層」と「一般層」に分けて、乳幼児期の生活環境や親の働き方が、その後の子どもの生活と学習に与える影響を調べています。
 それによると、「困窮層」の家庭においては、就学前に保育所を利用していた子どもの方が、そうでなかった子どもより健康状態も良く、授業が分からない割合も低いのです。一方、「周辺層」と「一般層」には、保育所の影響が確認できないのです。

──数字として実証されているわけですね。

周 同様のデータは海外にもあります。
 たとえば、アメリカではヘッドスタート(低所得家庭の幼児と身体障害児を対象に1965年からアメリカ連邦政府が実施している支援)を受けた子どもは、大学進学率、10代出産率、犯罪率、健康状態などの6項目において、受けなかった子どもよりも良い結果が出ているという研究があります。

──なぜそんなことが起きるのでしょうか?

周 私自身の子育ての経験が答えのヒントになると思います。
 私自身は正直言って、母親としての子育て能力は高くないほうです。離乳食をつくることにしても、子どもを相手に遊ぶことにしても、決して上手い方ではなかった。トイレトレーニングやお箸の練習もどっちかというと苦手でした。
 だから子どもを保育所に預けたとき、すごく安心しました。保育所の手助けがあったから、私は心の余裕を持って子どもに接することができました。
 保育所は栄養バランスを考えて離乳食を用意してくれたし、みんなと一緒に知的な遊びをすることにより集団活動のなかで子どもの能力を伸ばすプログラムも組み込まれていました。トイレやお箸の使い方も、子どもが保育所を通っているうちに何時の間にか覚えましたね。
 だから、経済的にも精神的にも余裕がないなかで毎日子育てに追われているお母さんにとっては、保育所は大切なよりどころです。余裕のない状況においては、保育所に預けてお母さんも働きに出た方が、子どもにとっては良い環境を提供できる場合もあるのですね。

──とはいえ、「子どものそばにいてあげたい」という思いも分かります。

周 子どもと過ごす時間は、「長さ」よりも「質」が大事だとの研究結果が発表されています。心身ともに疲れ、金銭に欠乏した状態では、母親が多くのストレスを抱えてしまうため、四六時中子どもと一緒にいても質の高い時間を過ごすのが難しいのです。一方、働く女性は、食事やお風呂のタイム、就寝前の読み聞かせなど工夫をして、短くても子どもとじっくり向き合う濃厚な時間を作ることができます。
 もちろん、母親自身が幼稚園育ちで、周囲の人も幼稚園組ばかりだとすると、「保育所のことがよく分からない」、「(利用したくても)申請手続きの煩雑さで心が折れそうになる」というような問題が確かにあります。そうなると、保育所に大事な子どもを預けて仕事に出ようという気にはなかなか起らないのですね。とくに、日本では古くから、保育所は低所得家庭向けの福祉サービスであり、子どもの教育や躾をしっかりやらずに野放しするところという誤解が根強く残っています。
しかし、そのような認識は時代遅れです。現在の保育所は、様々な家庭の子どもたちが利用しています。福祉サービスの機能よりも、女性が社会で活躍するための就労支援の部分が強化されてきています。
 だから、貧困専業世帯に保育所の利用体験を与え、保育所への偏見と無理解をなくすよう、仕組みをつくることが必要だと思います。「専業主婦」には女性をめぐる社会問題が集約されているの画像3

男性も2~3週間の育休をとるべき

──共働き世帯として家庭をまわしていくためには、男性の家事および育児への参加が必須です。
 ただ、男性の育休取得率は6.16%(2018年度。厚生労働省発表)と低い数字にとどまっていますし、内閣府が出したデータによると、6歳未満の子どもを持つ男性の家事・育児関連時間は1日当たり83分と先進国のなかでも群を抜いて低い水準にとどまっています。

周 制度上は男性も育休を取得することができますけど、実際にはとりにくいですよね。
 なぜなら、取らない人が圧倒的に多いから。そういった状況のなかで育休をとることは、仕事へのコミットメントのシグナルと捉えられてしまう恐れがあります。
 「あいつはやる気がないな」「仕事に対する情熱がないな」と思われてしまう状況は、男性たちに育休を取得する気を失わせている。このようなことが、男性育休率の比較的高いスウェーデンでも確認されています。ある研究によれば、育休取得による賃金ペナルティは、男性のほうが女性の約4倍もの大きさです。
 そこで最近、研究者の間で盛んに議論されているのは、男性の育児休暇取得を義務化することです。女性のように半年や1年の育児休業は難しいとしても、2~3週間ぐらいの育休なら、工夫次第では容易に達成できるはずです。

──2~3週間という数字には意味があるのですか?

周 産後の2~3週間というのが、とりわけ大事な期間だからです。
 家事や育児のスキルは、女性の方が始めから高いわけではないです。授乳以外は、最初は横並びのスタートです。そこから、やればやるほどに上手くなっていきます。
 例えば、子どもが生まれたばかりのときは、おむつを替えるスピードは夫婦ともに大して変わらない。でも、最初の時期にすべてお母さんがやってしまったら、どうなることでしょう。何週間か経つうちに夫婦間でスキルの差が生まれ、その差はどんどん広がっていきます。
 だから、子どもが生まれた後、最初の1カ月間は重要です。その期間に子育てや家事をやっていれば、「ここからここまでは自分が担当できる」という、ある程度の役割が分かります。この期間中に夫が一通りの家事・育児をこなせるようになれれば、夫婦で協力するやり方の選択肢はさらに広がります。

──なるほど。腑に落ちました。

周 あと、日本の女性は家事に対する要求水準が非常に高い。夫が雑に家事や育児を行うと、ついついイライラしてしまいます。そこも変えていかなくてはならないと思います。
 たとえば子どもの弁当なんかすごいですよね。作りがモットーで、野菜が多く、栄養バランスも良く色鮮やかな弁当にする必要などないのに、まるで競い合うかのように豪華な内容にしています。
 国民性もあるのだと思いますが、日本人には周囲に合わせようとする「同調圧力」が強いのです。その結果、ものすごい時間と労力を家事・育児に投入しなければならないと思い込んでしまう傾向があります。
 忙しい時期はスーパーで総菜を買うとか、家の掃除は多少適当にやるとか、そうした手抜きって非常に重要です。メリハリを持って子育てと仕事に当たらないと、当然へとへとに疲れてしまいますよ。

日本型雇用だからこそ、辞めないメリット

──日本における働き方の問題としてあげられるのは、一度仕事をやめた後に社会復帰すると、給与や待遇が前職と比べて悪くなってしまう問題です。特に、出産前は大手企業で働いていた人の場合、そのギャップは大きいと思います。

周 私が『貧困専業主婦』という本を通じて女性たちに伝えたかったメッセージのひとつは、「なるべくキャリアブランクをつくらないこと」です。労働市場に踏みとどまることによって得られるものは大きいからです。
 たとえば会社に入りたての20代の頃は、賃金が低い割にはやらなくてはならない仕事がたくさんあるので苦しい。仕事にやりがいを感じなかったり、キャリアの展望が見えなかったりして、多くの人が仕事の行き詰まりに焦りを感じた経験があるはずです。
でも、日本型長期雇用の重要なポイントは、年功賃金と企業内訓練です。長期勤続とともに上がって行くのは、賃金とポジションだけではなく、仕事の内容(やりがい)も同時に上がっていきます。周囲の環境に流されず、仕事を辞めたい衝動を克服して、この行き詰まり期から抜け出せば、やりたいことができるようになる。だから、仕事を継続するメリットは大きいのです。

──終身雇用も切り崩され、だいぶ変化した面もあるかとは思いますが、基本的な構造はそこまで変わっていないんですね。

周 最近では中途採用を拡大する企業の動きが見られています。1つの会社で一生働く人が今後ますます減っていくことでしょう。しかし、正社員の「新卒一括採用」は今も主流です。大企業の中途採用は主婦にとってはあいかわらず狭き門です。子育て期に家庭に入るという決断は、レギュラー雇用のレールから自ら降りることに等しいと言えます。電車と同じで、レールの上であれば速度の調整が比較的容易です。一度レールから外れてしまうと、後々追いつくのがとても大変。それが日本社会の雇用の現実です。
 ですから、子育てが大変な時期はゆっくり走ってみたらどうか。国や会社の子育て支援制度をバックに、出張や残業の免除、土日休みという条件交渉を胸張ってしっかりやる。
 でも、子育てが少し楽になったら、残業や出張も少しずつ入れるなどしてスピードを上げる。それはすべて「レールに乗っている」からこそできることですよ。
 もちろん、各々の人生の選択ですから、仕事を中断することのデメリットを十分に認識したうえで「仕事をやめる」というのならば、これ以上の「おせっかい」はすべきではありません。働き続けることは、日本経済にとっても女性本人にとっても良い話です。しかし、それが国を挙げての大合唱ともなれば、個人の選択の自由を縛る恐れがあります。「専業主婦」には女性をめぐる社会問題が集約されているの画像4

女性の労働市場は格差が大きい

──子育てしながら働くためには保育所の整備にもっと力を入れる必要がありますね。

周 私自身、専業主婦になるか本気で迷ったことがあります。10年前、3歳になっていた長男が待機児童になってしまったのです。
 認可保育所はもちろん無認可保育所にも断られ、一時保育を転々とするか、劣悪な環境のベビーホテルかを選ぶことになり、絶体絶命でした。
 しばらくの間は、夫と交代で有給休暇をとって自宅保育をしたり、週に3回まで利用できる認可保育所の一時保育を利用していましたが、そんな生活が2カ月ほど続くなか、だんだんと長男の表情が暗くなっていき、私は自責の念に駆られました。
 キャリアを中断して専業主婦になる選択肢が現実的なものになるなか、偶然にも東京都認証保育所から空きが出たとの連絡が来て、仕事を辞めなくて済んだのです。いまでもその認証保育所には感謝しています。
 あのとき仕事を辞めていたら、いまのような研究職に再び就けていたかは分かりません。おそらくは無理だったんじゃないかと思う。そうしたら、いまごろはどこかでパートをしているかもしれません。
 それぐらい、女性の労働市場は「敗者復活」の機会が少ないのです。

──「貧困世帯の専業主婦」を通じて日本社会を見ていくと、子育てに関する偏見の問題、女性の二重負担の問題、働き方や企業の人材育成の問題、保育所の問題といった複数の課題が複雑に絡み合っているのだと分かります。

周 夫婦と子ども2人の4人世帯で専業主婦家庭ならば、夫は最低限年間500万円弱くらいを稼がないと中流的な生活を送ることができません。しかし、いまこの収入をクリアしている男性は4割強しかいないのが現状です。男性一般労働者の生涯賃金がピーク時の8割程度までに低下しています。
 少子高齢化が進み、経済の成長率も低下していくなかで、負担は家庭に押し付けられています。経済が右肩上がりの時代では、企業が「会社にすべてを捧げれば、家族ごと定年まで面倒を見てあげる」といえる状況でした。成長の見通しが立たない現在、多くの日本企業はとその家族の面倒を見る部分がかなり少なくなりました。それにもかかわらず、従来と同様に社員に奉仕を求めています。
 そのアンバランスが、家庭のなかで歪みとなってあらわれています。もっと多くの女性が働き続けられるよう、保育所の整備、男性の働き方改革、家事代行サービスの拡大など、政府が対策をとるべき課題は、まだまだ多いですね。

(取材、構成:編集部)

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